散歩してくると言い張る賢者に婚約者は待つことをやめた
「ちょっと散歩してくる」
──婚約者は、何でもない事のようにそう言って、私の前から度々姿を消した。
王宮魔法師団の先鋭。
類稀なる魔法のセンスと戦闘能力から「賢者」の異名を持つ彼が最初に散歩に出かけたのは、五年前。
その時は国内で暴れ回っていたドラゴンが討伐された。
その次は国境沿いの盗賊団が根絶やしにされ。
冒険者ギルドも手を焼いていた魔物の大氾濫の鎮圧に、王宮騎士団も総出になった王族の誘拐事件。
記憶に新しいのは魔王討伐だった。流石にその時は彼も一瞬疲れた表情を見せ、傷だらけの満身創痍で私の前にあらわれ。
それでも何でもない事のように「ただいま」と口にした婚約者に、私は内心複雑な心境をかかえ、返す言葉もなかった。
王国の七英雄のひとり。彼の増える実績と勲章に比例して、二人で過ごす時間は少なくなり。
「ちょっと散歩してくる」
その、いつもの言葉が何度目かも分からなくなって──いや、私が考えるのを諦めたとも言う。
彼は「散歩」と言い張っている。
ここに帰って来る気はあるのかも知れない。
──それでも。
とうとう、私は待つことをやめる決心をした。
度重なる遠征に、各地で増える彼の愛人や行きずりの相手。
英雄、色を好むとは言うけれど、凡人の私には耐えられなかった。
本当は彼を支える立場にならなければいけないのかも知れない。
でも、もう、その役目は他の方に譲ろうと思う。
私は婚約破棄の書状をしたためる。
「散歩」なんてなまぬるい。
婚約破棄の書状と共に、
『ちょっと冒険して来ます』
と、置き手紙を添えて。
私は彼の元から姿を消した。
それが、三年前の話。
冒険者ギルドに登録し、がむしゃらに働いて頭角を現した私は、数多の魔物を討伐。
最高ランクの冒険者として名を馳せ、今では彼に並び立ち、時に追われる立場となった。
待たせた数年分、彼の誠意をこれから確かめようと思う。
でも、広がりを見せた視界に、お付き合いをするなら、元婚約者はナシだと最近思えるようになった自分は、色々と成長したのかも知れない。
待つことをやめた私は、今度こそ、彼を忘れて未来に向けて本気で冒険しようかと思います。