【051】謁見の間(1)
女性医師の言った通り、それから三日ほど、ロズリーヌは高熱に苦しんだ。
その間はベッドに寝たきりの状態で、一日のほとんどをうつらうつらして過ごすことになった。
熱が下がり、まともに食事が取れるようになって、自由に過ごして良いと医師からの許可が下りたのは一週間後のこと。
それでもまだ無理は禁物だと注意されたが。
怪我と高熱の影響か、ロズリーヌの体は弱っていた。過度なストレスにさらされたことも、大きな負担となっていただろうと医師は言う。
「ロズリーヌ!」
リンダと共に庭を散策していると、背後から呼び掛けられた。ロズリーヌが振り返ると、足早に近付いてくる婚約者の姿。
その顔には心配そうな表情を貼りつけている。
「もう出歩いて大丈夫なのか。熱がぶり返したら……」
「あら、先生の許可は下りているわよ」
「うん、聞いた。でも、念のため――」
「あなたも過保護なのね」
呆れたように、けれどもどこかうれしそうに笑んで、「今朝、リンも同じことを言っていた」とロズリーヌは言った。
体調を崩している間、ロズリーヌに面会できるのはセレスタンとリン、リンダぐらいのものだった。
厳密に言うと、アーロンなら問題なかったのだが、気を使ったのだろう。訪ねてくることも、面会の打診が入ることも一度もなかった。
(本当はアンドレアン邸に戻りたかったのだけど……状況が状況だものね)
他国を巻き込んだ事態だ――いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいかもしれない。危険がどこに及ぶかわからない以上、当事者であるロズリーヌは保護しておく必要があった。なお、セレスタンも同様に城に留まり続けている。
すべてが詳らかになった今、セレスタンも保護対象になっているからだ。
体調を崩していたので、ロズリーヌはまだ詳しいところまでは聞いていないが。
「そう言えば」
ロズリーヌが歩き出すと、セレスタンが隣に並ぶようにしてそっと腕を差し出した。
ふと、声を上げた婚約者にセレスタンが視線を向ける。
「最後に言っていたあれ……どういうことだったの?」
「……『あれ』……?」
「侍女長の父親がどうとかなんとか、言っていたと思っていたのだけど」
――ああ。
セレスタンの口から小さく音が漏れる。
あれか、と。
「その話はもう少し体調が良くなってから――」
「話を聞くぐらいなら大丈夫よ。このお庭、今人払いしてもらっているからわたくしたち以外には誰もいないし。それに、数日以内にはすべて終わると聞いたわ。わたくしもちゃんと理解しておく必要があると思う」
当事者として、現実から逃げることは許されない。事実、すべてが終わるという時にはロズリーヌも召喚されることになっている。
その前にアーロンからも説明はあるだろうが、少なくとも自分が誘拐されたことについては、助けてくれた婚約者から聞いておきたかった。
セレスタンは少し考える素振りを見せたあと、おもむろに口を開いた。
「あの土地――あれが、ゾーイ・トレースの父親である伯爵の領地だったというのは話したよね。……覚えている?」
ロズリーヌが頷く。
「ええ。そこからは『あとで説明する』と……」
「うん。君が監禁されていたあの屋敷は、元はその伯爵が所有していたもののひとつだったらしい。君の行方がわからなくなったあとにゾーイ・トレースに確認したところ、彼女はやはりルフィナ・トノーニと関わりがあった。ルフィナ・トノーニに生い立ちについて確認された際、彼女はあの屋敷のことも話していたそうだよ。今は廃墟同然なのも併せてね。ルフィナ・トノーニはその話を聞いて、利用することを思いついたのではないかということだった。本人曰くね」
「そう、なの……ああ、今、侍女長は?」
「牢だね」
セレスタンはさらりと告げた。
やはりそうなるか、とロズリーヌは口の中で息を吐き出す。
出生時の届に偽りを述べるのは重罪。侍女長の場合、自身が子本人であるから、虚偽の申請に気がついた時点で国に申し出ていれば罪に問われなかったはずなのだ。
それも問答無用で等しく罰されるようなものでなく、成人を迎える前だったり、特殊な事情があったりすると考慮されることもある。
故意に隠し、そのために犯罪者に与したとなると――。
(おそらく、重い罪に問われる)
生まれた子に罪はない。
十分減刑が望める状況だった。それどころか、彼女の置かれた環境を考えると罪に問われなかった可能性さえある。
だが、現実には。
彼女はそれを長きにわたり隠蔽し、公になりそうになると、今度はこの国の貴族を害した他国の人間の協力者となった。
「……なんとも言えない後味の悪さだわ」
本音をこぼしたロズリーヌに、セレスタンが小さく息を吐く。
――無知は罪なり。
貴族の間では常識とされていること。「知らなかった」で済まされないのが貴族の世界なのだ。
現時点で貴族かどうかは関係ない。貴族の世界で起きた出来事だというのが問題なのである。
ロズリーヌは時に冷酷な決断を下すこともあるが、血も涙もない女ではない。リンから聞いたゾーイ・トレースの生い立ちに同情した。
それから、再び問いかける。
「この際、もう教えてくれる? 今までのこと……全部わかっているのでしょう」
それから数日後。
ロズリーヌとセレスタンは謁見の間に召喚された。
当然、軟禁状態になっていた留学生たちもいる。学院で大きな顔をしていたのが嘘のように、そろって心細そうな表情を浮かべている。
他には、アーロンと国王、宰相、それに通訳。国王は玉座からロズリーヌを見つけて、わずかに目を細めた。
(うわ……)
ロズリーヌが気付かれない程度に肩を縮こまらせる。こんなときでも相変わらずの人である。
「顔を上げなさい」
宰相が前に進み出た。
控えている通訳が、宰相が口にしたことを忠実に訳していく。
国王も宰相もヴェリア語は話せる――エジェオ曰く、挨拶程度だろうということだったが、ロズリーヌの知るところではない――が、公式の場ともなると、行き違いがないように通訳を置くのが一般的なのだ。
この通訳は、国王が直接選んだ、いわゆるエリートというやつである。
「では、話を始めます」
宰相は留学生たちが顔を上げたのを確認してから、前置きもなしに本題に入った。
「この場にあなた方を呼んだのは、あなた方が起こした数々の問題について、沙汰を下すためです」




