【045】自由に動く娘
――意外だ。
いや、意外だが、意外ではない。
(まさか、この計画を企てた人物の名前を教えてもらえるなんてね)
ルフィナ・トノーニ。
実行犯と思しき男は「誰の指示なのか」と訊ねたロズリーヌにはっきりとその名を口にした。
(まったく……甘く見られたものだわ)
甘く見られているのだろう。
この状況で、蝶よ花よと育てられた貴族令嬢に何ができるわけもないと。
まあ、実際のところ、蝶よ花よと育てられていなくともできることは限られているのだが。
「あら、ご機嫌よう」
擦れ違った男に軽く会釈をすると、男はぎょっとした顔をした。それからロズリーヌの背後に張りついている男に視線をやる。
「まあ、驚かれてしまったわ」
ほほ、とロズリーヌは上品に微笑んでみせた。
「そりゃあ、お前……。お頭は確かに敷地内なら出歩いていいと言ったが、まさか本当にそうするとは思わないだろ……」
「あんな埃だらけの部屋にいたら体調が悪くなってしまいそうよ。誰か、掃除をしてくれる方を寄越してくれたら、わたくしだって大人しくしているのだけど」
これは紛れもない誘拐だ。
部屋に監禁されるのかと思いきや、お頭と呼ばれた実行犯の男はロズリーヌに自由を与えた。といっても、敷地内に限った話だが。
やはりこれも甘く見られている証拠だろう。
「……貴族のお嬢さまの考えるこたあ、さっぱりわかんねえな。みんなこうも危機感がねえのか?」
「危機感と言われても。今ここで焦ったところで、わたくしにできることなんて何もないのだし」
「それはそう……いや、そういう問題じゃねえだろ」
窓の外を何度見ても現在地はわからない。
屋敷内を練り歩いた感覚で言うと、ここに留まっているのは十名ぐらいか――。外に人影がないのも確認している。
「そう言えば、お頭さんは今何をなさっているのかしら」
「あん?」と訝しげな表情を浮かべた男だったが、すぐに口を開いた。
「さあな。お頭は忙しい人なんだよ」
「それはそうね。わたくしの体をどう処理するか考えなくてはならないし」
「いや、それは……」
――あの時。
生きて帰してもらえるのかと訊ねたあの時。
お頭は何も答えなかった。
けれど、顔を見ればわかった。
自分の行く末が。
伊達に人の顔色ばかり窺って生きてきていないのだ。
「別に隠すこともないわ。それはそうでしょうねと思うだけだもの」
だいたい、生きて帰すつもりならこのように顔を明かさないだろうし、指示を出した人物の名前を教えたりもしないだろう。
「……お前、変な奴って言われねえ?」
呆れたように、男が息を吐き出す。
ロズリーヌはとぼけるように小首を傾げた。
「どうかしら」
まあ、実際に面と向かって『変だ』と言われたことはほとんどない。
なにしろ、アディルセンでロズリーヌにそんな口を利ける人間は多くないので。
「でも、残念ね。予定では、もう少し長生きするつもりだったのだけど」
「……諦めるの早すぎだろ」




