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世界のはじまりは指先から【連載中】  作者: 桜木彩


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【042】出端を挫かれる

 ロズリーヌは燃えていた。

 ただただ燃えていた。

 それは()()()のあと、セレスタンの抱えていた事情を聞いたからであり、その翌日にはリンとアーロン、リンダを交え、再び話し合いが開かれたからでもある。

 とにかく、ロズリーヌのやる気が刺激され、それは結果として、ロズリーヌの心の中に熱い炎を宿らせることとなった。





 ――そのはずだったのだが。





「誘拐されてしまったわ……」


 ふと目を覚ましたロズリーヌは、開口一番ぼんやりとそう言った。

 ――頭が痛い。

 床にそのまま寝かされていたようで、体中が軋んでいるようだった。

 ロズリーヌは上体を起こして辺りを見回す。床に散らばった本と埃の被ったベッド、薄汚れたカーテンに、どうやら今は使われていないどこかの部屋に閉じ込められているようだと認識した。

 そして、自分に起きた出来事を思い返す。


(あの時は確か……そう、話したいことがあるとドロテさまに呼ばれて……)


 普段、ロズリーヌは騎士たちが常駐する城の中だからと気を抜くことはない。その城の中で、何度も危険な目に遭ってきたからだ。

 だが、セレスタンが戻ってきたことに、多少なりとも浮かれてしまったことは否めないだろう。

 それが油断へとつながった。


(謹慎処分を受けているドロテさまの部屋に行こうとして――)


 本来、保護され、守られる立場にあるロズリーヌだ。城の中と言えども、むやみやたらと出歩くのはよろしくない。

 何があるかわからないと、こうして使用人の部屋に()()()()()()のだから。

 ところが、デートで庭園に出た時には何もなかったし、と警戒を緩めてしまった。つまり、完全に浮かれていたのだ。

 セレスタンから彼の事情を聞き、やる気に満ちあふれていたということもあるかもしれない。


(そうだわ。リンダと一緒に部屋を出ようとしたところで、何者かに襲われたのだった)


 それは実に物理的な方法で、頭に衝撃を受けた瞬間、意識が飛んだ。


(……リンダは大丈夫かしら)


 思い出すと、途端に心配になってくる――が、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。彼女は強く、賢い人だからと。

 そうでもしないと、今置かれている自分の状況さえ、おろそかにしてしまいそうだった。


(帰らなきゃ)


 貴族令嬢が誘拐されたことが公になれば、それはとんでもない醜聞である。それこそ、婚約者に捨てられたのとは比べものにならないくらいの。

 このことに気がついたセレスタンたちは、しばらくは隠してくれるだろうが、ロズリーヌは今や貴族社会でも目立つ存在だ。いつまで隠し通せるかわからない。

 大人しく助けを待っているだけでは駄目だと、ロズリーヌは痛みに悲鳴を上げる体を引きずるようにして、ゆっくりと窓に近寄った。

 元の色がわからないほどに汚れているカーテンをそっとめくる。その瞬間、ふわっと埃が舞った。


「……こほ」


 思わず咳き込む。

 ロズリーヌはもう片方の手で鼻と口を覆って、窓の外を覗き込んだ。


(ここは……)


 外を見ても、庭とも呼べない荒れた地面が見えるだけで、場所を特定できそうにはない。


(でも、庭らしきものは広い。それは部屋も同じ。一般的な庶民に持てるお屋敷ではなさそうね)


 きっと、貴族か、それに準ずる人間の持ち物だったのだろう。

 そう当たりをつけるが、それがわかったところで状況が好転するわけでもない。

 ロズリーヌは小さく息を()いて、今度は真下を見下ろした。地面が遠い。逃げられる可能性を考えたら当然だが、今自分は上階の部屋にいるようだ。


(……でも――)


 と、そこまで考えて。

 背後に人の気配を感じて、弾かれるようにロズリーヌは振り返った。


 男がいる。


 逆光になっていて顔は見えないが、がっしりした――まともに戦ったら自分には到底敵わないような――体つきの男だった。


「……どなた?」


 一歩一歩、男が近付いてくる。

 暗がりから、光の中へ。

 無精(ひげ)を生やした男の顔が露わになり、ロズリーヌはいっそうのこと警戒心を強めた。


「へえ、お貴族さまっつうのは、こんな状況でも上品な言葉を使うんだなあ」


 男が下卑た笑みを浮かべる。


「わたくしをここに連れて来たのはあなた?」


 声が震えないよう、細心の注意を払いながら、ロズリーヌは目を細めて問いかけた。

 精一杯の強がりに見えたのだろう。「ああ」男が笑みを深めて、短い言葉で肯定する。


「なぜこんなことを?」

「お嬢ちゃんには関係ないことだ……と、言いたいところだが。俺たちは金を積まれればなんでもする。それだけの話だ」

「嘘よ」


 ロズリーヌは言い返した。


「……嘘?」

「ええ。これでもわたくし、王族の元婚約者で、侯爵令嬢で、ゆくゆくは公爵家の嫁になる存在なのよ。そんな人間を誘拐して捕まったら、一発で退場でしょう。金を積まれたからって、文字通り、()()()の誘拐をする人間がどれだけいると思うの?」


 もっとも、目先の欲にしか目がいかないタイプもいるので、いないとは言い切れないが。相手がそうでないことを願う。


「俺は違うと?」

「さあ、どうかしら」


 強気に、けれども相手を刺激しすぎないように。


(……ああ、頭がうまく働かないわ)


 誘拐される際、頭を強く打ったからなのか、思考に(もや)がかかっているような気がする。難しいことは考えるべきでないと、直感的にそう思う。

 いつものロズリーヌなら、ここから交渉に持ち込んで、どうにか状況を打破しようとするだろうが――。


(無理。今は絶対に無理)


 これは早々に諦めた。

 そもそも、平常心でいられない今、そんな高等なことをできるわけがないのだ。ほんの少し優秀なだけの、ただの貴族令嬢に。


「……これだけ教えて。わたくしは、生きて帰してもらえるの?」

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