【034】問題だらけの使節団
「……あの者たち?」
それはつまり、問題児たちということだろうか。今の文脈からすると。
「シュパン公爵をはじめとする、我が国で問題ばかり起こしていたあの者たちのことだな」
ロズリーヌの短い問いに、アーロンは頷いた。
「使節団は国の顔とも言える存在なのに、ヴェリアはなぜあのような者たちばかりを選んで送ってきたのかと思ったことは?」
「それは……」
ロズリーヌが口籠もる。
実際、変だと思っていたからだ。
だってそうだろう。ヴェリアの王族の評判におかしなところはないはずなのに、彼らを代表する人間が総じて愚かだなんて。
あんなのを気軽に他国へ送り続けていたら、国全体の評価が落ちるのは間違いない。小国のヴェリアとしては、避けたいところだろう。
「聡明な君は違和感を覚えるだろうと思っていたが……やはり間違っていなかったようだな」
アーロンは苦笑を浮かべつつ、話を続ける。
「あれは、ヴェリアの王があえてそういう者たちを選んで送ってきたんだ」
「あの」
嫌な予感、再び。
ロズリーヌは思わず口を挟んだ。
「機密性の高いお話であれば、わたくし……」
面倒くさいことを聞かされるような気がして、やんわりと丁重に断りの言葉を重ねようとしたロズリーヌだったが。
「いや、君はもう――というか、実際には最初からだが――当事者だから、話しておくべきだろうと陛下が」
「陛下が……」
無理だった。
あの国王がそう決めたなら、もう逃げられない。おそらく、この場にいるセレスタンも。
「そう、でございますか」
「というより、陛下のお言葉がなくとも、君は知っておくべきだと俺も思う。今後の自分のためにも」
「……ええ、そのようです」
仕方がないので、ロズリーヌは覚悟を決めた。完全に巻き込まれる覚悟を。
「事の経緯を説明すると、まず、ヴェリアの使節団が派遣されることになったのは、ヴェリアとアディルセンの国境を通過する際の通行税を撤廃してほしいという要求があったからだ。――表向きは」
「撤廃とはまた……」
「どの領地を通過する際にも税が取られる世の中だというのに、撤廃とは大きく出たものだと思うだろう? まあ、これは建前でしかないから、理由はなんだって良かったんだが」
だが、そうすると、大の大人が何人、何十人と集まっていてなお、その不可解さに気がつかず、言われるがままにヴェリアを出たというわけだ。
子が子なら、親も親だとぼやいていたホルム侯爵の姿が脳裏をよぎる。
「実際には、彼らの下手な交渉を突っぱね、手ぶらで帰すというのが我々の仕事だった」
「え?」
「ついでに言うと、いくらかの問題を起こさせるのも計画のうちに入っていたな」
「それは、どういう……」
「莫大な費用をかけて他国に赴き、交渉が失敗したのみならず、相手から譲歩を引き出すこともできず、さらには問題を起こしたことに対する抗議文と共に帰国したとなれば――どうなると思う?」
「それは当然、国で肩身の狭い思いをすることになるでしょうけれど……」
いや、違う。
ロズリーヌは言葉を濁したが、肩身の狭い思いをする程度ならまだ良いほうで、最悪、その立場を追われる可能性もある。そう、例えば、シュパン公爵の場合、嫡男であるエジェオに当主の座を譲らなければならないというように。
「まさか」
ロズリーヌがそう口走ると、そうだ、とアーロンが力強く肯定した。
「シュパン公爵含め、使節団で送られてきた彼らは、自国でも相当やらかしているようでね。今回の使節団は、ある意味、彼らをヴェリアの貴族界から追放するためのものだったと言ってもいい」
「ですが……なぜ、我が国が協力を?」
シュパン公爵はヴェリアの現国王の兄である。
つまり、ヴェリアの国王にとっては身内。身内の醜聞を明かしてまで、他国に助けを求める意味もわからないし、それを受け入れるアディルセンの国王もよくわからない。
「うん、まあ、それは、セレスタンの存在があったからかな」
「……セレスタンさま?」
口の中で呟いて、自身の婚約者に視線を走らせるロズリーヌ。訝しげなその表情に、セレスタンは曖昧な笑みを返した。
「ヴェリアで暮らしていた際、セレスタンはたいへんに優秀だったそうだ。それこそ、アディルセンに帰してしまうのはもったいないと言わしめるほどに」
「殿下、それは……」
久しぶりに口を開いたセレスタンの声に、気恥ずかしげな色が滲む。「事実なんだから良いじゃないか」と揶揄するように、アーロンが言った。
「それで、セレスタンさまの存在があったから、と言うのは?」
ロズリーヌが話を戻すように口を挟む。
「ああ……セレスタンほどの人間を輩出した国なら、優秀な人材であふれているのだろうと考えたのだそうだ」
「……ええ?」
ロズリーヌは、珍しく喉から抜けるような声を出してしまった。
――そんな理由って、あり?
「と、まあ、それも事実だろうが、俺としては、合理的な判断を好むうちの陛下だったからこそ持ち込まれた案件だったとも思っている」
「……ああ……」
そう説明されたほうが、納得できる。
他国ではなかなかそうは行かないが、アディルセンのあの国王の場合、自国に利があると踏めば、どんなに馬鹿げたことでもやってみせるだろう。そこにいくらかの犠牲が含まれていたとしても。
「で、我が国としても……うん、協力するにあたり、かなりの好条件を付けさせてもらったしな。陛下が高笑いしていた」
ロズリーヌの頬が引き攣った。
(み、見たくない……)
あの国王が面白そうに笑うときというのは、たいてい良くないことが起こる前触れなのだ。
いや、実際、ロズリーヌにはすでに良くないことが起きている。
「あの条件を受け入れるということは、おそらく相当参っていたんだろう」
「……それほどならば、国内でどうにか処理できそうなものですけれど」




