【033】手紙の協力者
――嫉妬。
当然、誰しもに備わっている感情だろう。
それはいい。
だが、それを理由に他者を害するのは間違っている。と、そこまで考えて、自分もそう高尚な人間ではないのだと思い直す。
とはいえ、実際に傷付けられたほうとしては、たまったものではない。
気持ちを落ち着けるように少し間を空けてから、ロズリーヌは再び口を開いた。
「経緯は理解いたしました。……では、あの手紙は? アディルセン語に精通しないドロテさまが、アディルセンの文字を書いて寄越すとは思えないのですけれど」
「一部、不可解な点はあるが、それもすでに判明している」
アーロンが即座に答える。
「王宮の下女に一名、ヴェリア語を話せる者がいた。その者が協力していたらしい」
「下女?」
この国での下女は、下級貴族もしくは平民の娘がなるものだ。上級貴族の人間ですら、ほんの一握りの者しか話せないヴェリア語を、単なる下女が話せるという部分に違和感を持つ。
すると、補足するようにアーロンが言った。
「幼い頃、ヴェリアで暮らしていたと言っていたか。王宮に出仕する者は、始めに厳しく背景を精査されるが、過去異国にいた時期があるからといって、特別不利になることはないからな。余程不自然でない限りは」
「ええ、その下女がヴェリアにいたということ自体は、特に不自然ではございませんね。ですが――」
「どのようにして、一下女がヴェリア語に長けていると突き止め、実際に交流を持ったのか、だろう?」
王城の中だけでも、どれだけの人間が働いていると思うのだ。
世界的に見て、ほとんど少数言語のような扱いになっているヴェリア語を理解できる人間は、ただでさえ多くない。
その中から、ヴェリア語に長けた人間――しかも、おそらくロズリーヌらとは面識がないような――を探し当て、交流を持ち、協力させる。簡単にできることではないだろう。
ドロテ・ランバルドひとりの力では。
「君が、ドロテ嬢とその下女をつないだ誰かがいるのではと思っているのはわかる」
「……違うのでしょうか?」
「わからない」
「え?」
「本人は、下女のほうからヴェリア語で話し掛けてきたと言っている」
ますます違和感である。
ロズリーヌは小難しげな表情を浮かべた。
ドロテと言えば、あのプライドの高さ。
突然、下女という自分よりはるかに立場の低い人間に話し掛けられたからといって、そこから交流に発展したりするだろうか。
いや、それはないと思うものの、ロズリーヌが抱いた主観的な印象であるため、口を噤んだ。が、アーロンも同様のことを思っていたらしい。
「下女の話もドロテ嬢の話と大差なかったが、ホルム侯爵を通じて上がってきていた君たちからの報告と、調査をする中で生徒たちに聞き取りをした内容からは、彼女の選民意識の高さが窺えた。件の下女は平民の娘だからな。わざわざ自ら関わりを持ちに行こうとは思わないだろうと思って、この件については調査を続行している」
「……もしくは、あのプライドの高さを凌ぐほど、わたくしを排除したかったという可能性もなくはないですが……」
激しい感情は、時に自身のプライドをも超越するとロズリーヌは知っている。
「ああ、それも考慮に入れている」
「そうですか……」
ロズリーヌが頷くと、不自然な沈黙が訪れた。
まったく。
――とんでもない目に遭ってしまった。
明確な害意を持って階段から突き落とされるなんて、余程のことに違いないと思ったら、単なる恋愛沙汰に巻き込まれただけだったとは。
いや、単なる恋愛沙汰ではない。彼女にとっては、それがすべてだったのかもしれないが。
被害者であるロズリーヌが、その気持ちを汲んでやる必要はないだろう。
「それから……」
ややあって、再びアーロンが口を開く。
先ほどまでよりも、さらに重たい口調だった。
「留学生たちの件で、話がある」
その異様な雰囲気に、ロズリーヌも思わず身構えてしまう。
セレスタンが、そんなロズリーヌを安心させるかのように手を握る。わずかな安堵を感じたものの、セレスタンの表情もまた、どこか強張ったものだった。
「お話、ですか……?」
「うん。目覚めたばかりで申し訳ないと思うが、とりあえず先に謝罪をさせてほしい」
そう言って、王太子のアーロンが視線を伏せるものだから、まさか頭を下げられるのかと思って、ロズリーヌのほうが慌ててしまった。
「殿下。その前に、事情をお話ししませんと」
セレスタンがうまく続きを促す。
「そう、そうだな」とアーロンは呟いて、リンダが運んできた椅子に腰を下ろした。短い話ではないのかもしれない。
留学生――と、そこまで考えて。
ロズリーヌは、ふと頭によぎった事を訊ねてみた。
「そう言えば、他の留学生の方々は今、どうしていらっしゃるのでしょう?」
「彼らには今、シュパン卿の許可を得て、謹慎してもらっている。ドロテ嬢の行いを聞いて、さすがの彼らも顔を青くしていたらしい」
まあ、それはそうだろう。
ただ迷惑を掛けるのと、他国の貴族令嬢に危害を加えるのとでは話が違う。
それこそ、ドロテがよく口にしていた『国際問題』に発展すること待ったなしなのだ。
「念のため、彼らにも聞き取り調査を行っているが……いや、謝罪したいというのは、ドロテ嬢に関することではなくて」
「はい」
そろそろ疲労感を覚えてきたが、背筋を伸ばしてロズリーヌは耳を傾けた。
「君たちは、留学生が毎日のように問題行動を起こし、学院の生徒たちに迷惑をかけているのだと訴えていたな」
「……ですが、様子見をするようにと……」
「ホルム侯爵にそう伝えるよう指示したのは、俺だ。というか、陛下がお決めになり、俺がホルム侯爵にそう伝えた」
「陛下が……」
嫌な予感。
国王の存在がにおわされるだけで、胃がキリキリ痛むようだった。あの人は、目的のためなら多少の犠牲は仕方ないと考える人間だ。
為政者としては正しく、けれど巻き込まれる側としては極力避けたいタイプ。
ロズリーヌの表情がわずかに変化するのを感じ取ったらしいセレスタンは、目尻を下げつつ、婚約者の手の甲を一定のリズムで軽く叩いた。
「実は、ヴェリアがあの者たちを送ってくることは、最初からわかっていた」




