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世界のはじまりは指先から【連載中】  作者: 桜木彩


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27/51

【027】たぶん、国王陛下

 ――これは酷い。

 ロズリーヌは、ユーフェミアと共に頭を抱えた。


「……ヴェリアの貴族ってみんなこんななの? 信じられないわ!」


 とは、ユーフェミアの(げん)である。


 ちなみに、

「まあ、なんて品のない……」

 とは、ヒセラの言。


 以前、ドロテの件があった時から、顔を合わせれば会話をする仲になったのだ。

 学院の――特に上級貴族の子女たちは、総じて顔を顰めているというこの状況。

 ヴェリアの使節団が()()()()帰国し、王宮勤めをしている大人たちは多少落ち着いたようだが、問題はやはり留学生たちのほうだった。

 保護者の目がなくなったのをいいことに、彼らの問題行動は輪にかけて酷いものになっていた。

 もっとも、使節団の面々が()()()()()()と駄々を捏ねたために、当初一月(ひとつき)未満で予定していた滞在を、二月(ふたつき)余りまで伸ばして対応したというのだから、保護者のほうもどうかしているが。

 留学生たちはもうしばらく滞在することになっているが、あと少しだからと我慢できないほど、学院の生徒たちに精神的負荷がかかっているのがわかる。学院の雰囲気もあまり良くはない。

 当然だろう。

 なにしろ、自分たちは普段通り過ごしているだけなのに、こちらが呼んだわけでもない他国の人間の機嫌を損ねたら最後、相手が満足するまで自分には理解できない言語で怒鳴られ続けるのだから。

 そして、それは時に、ロズリーヌが駆けつけるまで続けられることもあった。


「……あと一月(ひとつき)? 本当に酷いものだわ」


 ユーフェミアが嘆息する。

 「そうね」ロズリーヌはそれに同意しつつ、小難しげな表情で口を開いた。


「まったく――陛下にも困ったものね」

「……陛下? どういうこと?」

「まず、彼女(留学生)たちのことだけれど。あなたがホルム侯爵に困っていると伝えても、ホルム侯爵は『様子を見てほしい』としかおっしゃらないでしょう?」


 訝しげな表情で、ユーフェミアが頷く。


「様子見したいのは、あの人たちのほうなんじゃないかと思って」

「あの人たちって……ジルと、陛下?」

「を含む関係者ね。これほど頻繁に相談しているのだもの。ホルム卿が陛下に伝えていないということはないだろうし、そもそも、使節団の方々にもいろいろと問題があったのよね。そうなると、あえて対処しないで様子を見ているようにしか思えなくて」

「泳がせているということ? なんのために?」

「……わからない。ただ、()()陛下ならそういう変なことをしてもおかしくないと思っただけ」

「変なことって、あなた……」


 あまりに直接的な物言いをするロズリーヌに、ユーフェミアは呆れを含んだ視線を向けた。

 プライベートルームの中なので、他人に聞かれる心配はないが、それにしても――と。

 しかし、ロズリーヌはそれをまるっと無視するように、話を続けた。


「それに、普通に考えれば、使節団を送り込む側としても問題ばかり起こす人間を指名したりはしないでしょう。……まあ、まともに機能している国だったら、の話だけれど」


 特に、ヴェリアとアディルセンの場合、建前上は対等な関係を結んでいるものの、事実としてアディルセンのほうが国力が高いのだ。

 一般的には、下手に問題を起こしてはならないと考えるべきところだろう。

 ヴェリアに関して、王族に悪い噂があるだとか、国の運営に機能不全を起こしているだとかいう話は聞かないので、やはり使節団の人選にも作為的なものを感じる。

 少し前からロズリーヌが考えていたことだった。


「……疲れそう」


 沈黙のあと、溜め息交じりにユーフェミアが言う。

 「え?」ロズリーヌは何度か目を瞬かせた。驚いたということらしい。


「あなたよ。ああでもないとか、こうでもないとか……あなたって、ずっと何かを考えている感じ」

「え、ええ、それは――」

「ああ、それが悪いと言っているわけじゃないのよ。むしろ逆。あなたが受けてきた妃教育って、自然にそういうことをしてしまうようになるぐらい厳しいものだったのでしょうね。一癖も二癖もある貴族女性をまとめなければいけないのだから、ほんの少し裏が読める程度では駄目なのだということはわかる。でも、そんな厳しい教育を小さな頃から受けてきたあなたを、私は尊敬するわ」

「あ……」


 ロズリーヌの口から、ぽろりと声がこぼれ落ちた。

 ――厳しい教育。

 それは、自分でも思っていたことだ。

 王妃になろうがならまいが、王子の妻になるのであれば必ず通る道。だからなのか、未来の妃に選ばれた以上、大人しくそれを受けるのが当然だと誰も彼もが思っていた。

 弱音を吐けば鞭で叩かれ、それで泣けば暗がりに閉じ込められる。そういうときは、エミールが助けにくるのをいつも待っていた。

 もっとも、これは流石(さすが)にやりすぎていると問題になり、教育係が総入れ替えになったのだが。


「――ロズリーヌ?」


 友人が珍しく無防備な表情になったのを見て、ユーフェミアは驚いた。

 ロズリーヌはハッと我に返り、苦笑する。


「……そう言ってくれて、うれしい。妃教育を受けていて褒められたことなんて、一度もなかったから」

「一度も?」

「王子妃に――もしかしたら王妃になるかもしれないのだもの。厳しい教育にだって耐えるのは当然でしょう?」

「まさか! 誰がそんなことを言ったの?」

「王族の婚約者に選ばれた人間はね、そう言い聞かせられて育つのよ。だから……セレスタンさまに『我慢しすぎる必要はない』と言われたときには、本当に驚いたわ」


 彼は当然、ロズリーヌの努力を認めてくれていただろう。

 しかし、妃教育について何か口にすることはなかった。自分がそれをできる立場ではないと思っていただけかもしれないが。


「アンドレアン卿が……」

「あの人のことと、妃教育との板挟みで悩んでいた時にね。まあ、当時のわたくしからしたら『我慢』って何? という感じだったのだけど。我慢というより、つらくてもやって当然ぐらいの認識でいたから。というか、つらいと思う余裕すらなかったかも」


 家族にさえ気を許すことができなかったロズリーヌにとっては、王宮が最後の居場所だったのだ。どんなに苦しくとも、しがみつかねばならなかった。

 ユーフェミアの顔に同情の色が浮かんだので、ロズリーヌは付け足すように「でも、悪いことばかりじゃなかったわ」と言う。


「とりあえず――話を戻すと――わたくしは、ヴェリアの使節団にこれほどの期間滞在を許したのも、留学生たちに対する対処が『様子見』になっているのも、陛下の思惑のうちだと思っているわ。……あと一月(ひとつき)、なんとか乗り切りましょう」


 不必要な雑談に思えるが、時折こうして二人で集まり、ちょっとした愚痴をこぼし合うのも、なんとか()()()()ためである。

 もし本当に国王が噛んでいるとしたら、その一月(ひとつき)以内になにか大きな出来事が起こりそうだと、ロズリーヌはうんざりした気分になるのだった。





 もはや愚痴部屋と化しているプライベートルームから出て、授業を受ける教室へと向かっていると「ロズリーヌ嬢!」――声を掛けられた。

 ユーフェミアが、意味ありげにロズリーヌを横目に見る。


「ごきげんよう、エジェオさま」


 顔を見なくともわかるその人に、ロズリーヌは足を止め、振り向きざまに軽く膝を折った。


「やあ、……ユーフェミア嬢も」

「あら、シュパン卿。まるでロズリーヌの添え物になった気分だわ」


 ユーフェミアが冗談めかした調子で肩を竦めると、追いついてきたエジェオが爽やかに微笑む。


「添え物なんてとんでもない。君たち二人のような美しい女性が歩いていると、どこにいても目立って仕方がないだろうね」

「まあ、口がお上手ですこと」

「本心だからね。ああ、ロズリーヌ嬢。君を探していたのだけど、教室を覗いてもいなかったから……授業が始まる前に見つけられてよかった」

「わたくしをお探しに?」


 実際、彼にとって自分は添え物なのだろうと確信を持ちつつ、ユーフェミアは目の前の二人の様子を眺めた。

 エジェオが「はい」と手に持っていた袋を差し出す。

 勢いづけて手渡されたそれを反射的に受け取ったロズリーヌは、腕の中にあるそれをしばし見下ろし、次いで「あの」と口を開いた。

 ――が。


「昨日、街を散策していたら美味しそうな焼き菓子を見つけてね。君も食べたことはあるかもしれないけど、軽い気持ちで遊びに行ける立場じゃないだろうと思って。早朝から開いている店だったから、今朝、ここに来る前に立ち寄って購入してきた。ユーフェミア嬢もよければ一緒にどうぞ」


 やんわり突き返そうとしたロズリーヌの言葉を遮るようにして、エジェオは口早に一息でそう言い切った。

 そして、ロズリーヌが呆気に取られている間に、さっさと立ち去ってしまう。


「……うまいわね、彼」


 小さくなっていく背中を見送りながら、ユーフェミアが(うな)る。


「基本的に、婚約者のいる女性に宝飾品を贈るのはマナー違反だし、関係性によって目溢(めこぼ)しをもらえる場合もあるけれど、それでもやっぱり婚約者が嫌がることが多い。その点、食べ物だと、体内に入れてしまえばそれで終わり。さらに、『前日に見かけて、朝にもう一度立ち寄った』と言うことで、ずっとその人のことを考えていたと印象づけたかったのかしら」

「そんな冷静に……」


 遅れて落ち着きを取り戻したロズリーヌは、心底困ったというふうに息を吐いた。

 あなたのためにと言われたら断りづらい贈り物――それが食べ物である。エジェオのあれは、それをわかっての行動だろう。


「彼、とうとう行動に出てきたわね」


 最初からあなたを気に入っている様子だったけど、とユーフェミア。

 揶揄するような響きを持った声色に、ロズリーヌは「ちょっと」と肘でユーフェミアの腕を小突く。

 実際、笑い事ではないのだ。食べ物の贈り物をされるのは、これが初めてのことではないので。

 最初のうちは、美味しいと評判の菓子を人に買いに行かせたという話だったが――。


「今、自分で買いに行ったとおっしゃっていた……?」

「そうね」

「……気軽に外出できる立場じゃないのは、あの人だって同じでしょうに……」


 ロズリーヌは思わずこめかみを指で押さえた。


「――やっぱりあの人も十分問題児だわ……」


 頭が痛い、と思いながら。

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