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【001】序幕(1)

n番煎じから始まる、n番煎じかもしれないし、そうではないかもしれない物語。


※一部ド・シリアス。

※ざまぁ要素あり。ただし、万人受けするタイプではない(と思う……)。

※なんかいろいろ可哀想(ちゃんと恋愛要素もあります)。

 着飾った人々。

 煌びやかな天井。

 趣向を凝らした豪華な食事。

 優雅に音を奏でる音楽家たち。


「――ロズリーヌ・ミオット!」


 そんな中で、一際大きな声が上がった。

 場に不相応な声を張り上げたのは、アディルセン王国(この国)の第一王子エミール・イェルド・クリスティアン・オベールである。


「ロズリーヌ・ミオット、前へ!」


 もう一度名前を呼ぶと、困惑にざわめく人々の間を縫うようにして、一人の女性が現れた。


「お呼びでしょうか、殿下」

「『お呼びでしょうか』とは白々しい……」


 第一王子エミールは、その端正な顔立ちに険しさを滲ませて、隣に立つ女性の肩を抱き寄せた。

 自身の()()()にしなだれかかるようにして立つ女性を一瞥したあと、困ったようにわずかに首を倒すロズリーヌ。


「わたくしという婚約者がありながら、別の女性を堂々と侍らせるだなんて、褒められたことではございませんね。――殿下?」

「婚約者……いや、婚約者だったのは今日までだよ、ロズリーヌ」

「あら、それはいったいどういうことでしょう?」


 ロズリーヌが「父からは何も伺っておりませんが」と付け足すと、エミールは勝ち誇るように口角を持ち上げた。


「君は、なんの罪もないこの女性を虐げ続けた。……僕と親しくするのが気に食わなかった? 僕の名を呼ぶ許可を彼女に与えたのは、僕自身だ。それを否定する権利は、誰にもない。もちろん君にも。だというのに、君は彼女を邪険にするばかりか、ついには階段から落とすなどという卑劣極まりないことをした。そんな女性を、未来の国母と認めるわけにはいかない。共に国を率いていくのは――彼女のような、純粋で優しく、人の気持ちを慮れる女性でなければ……。――ロズリーヌ。僕は君との婚約を破棄して、彼女と結婚することにした」

「エミールさま……」


 感動したように、()()()()がうっとりと名前を呼ぶ。突然の出来事に、貴族たちは困惑していた。いったい何を見せられているのか、と。

 事情を知らない者たちは、自分たちが『次期王妃』だと仰いでいた女性が実は卑劣な人間だったかもしれないことに驚愕し、落胆の色を浮かべる。

 しかし、それはほんのわずかで、残りの者たちは「ついに」と興味深そうな眼差しを送るのだった。


「殿下」


 やんわりと、柔らかくも芯の通った声がエミールに向けられる。


「まず、自分自身の名誉のために申し上げますと、わたくしは彼女を虐げたりなどしていない……のですけれど、どうしてもそのお話がしたいとおっしゃるのであれば、場所を変えたほうがよろしいかと存じます」


 ここは王宮。

 貴族子女の義務のひとつである貴族学院を卒業し、本日をもって、()()()()()()入りを果たす者と、その婚約者および親が集まっているのだ。

 ロズリーヌ自身、エミールの婚約者として参加している。エスコートは受けられなかったが。


「いや、別室に移動して、僕たちを煙に巻くつもりだろう」


 提案をしたのは、ひとえにロズリーヌの慈悲でしかなかったのだが、エミールはさらに剣呑な雰囲気を漂わせて言い捨てた。


「……殿下、せめて陛下がいらっしゃってから――」

「くどいな。僕はもう耐えられないと言っているんだよ。君が醜く嫉妬し、僕の大事な女性を傷付けてきたことに!」

「エミールさま……!」


 ひし、としっかり抱き合う男女二人。

 彼らに向けられた視線の大半は、呆れを滲ませている。だが、二人の世界に入っている彼らからすれば、注目を浴びているというだけで、それすら舞台装置のひとつにしか思えないのかもしれない。

 ロズリーヌは、一度視線を落とし、しかしすぐに彼らを真っ直ぐに見つめ直した。まるで、逃げてはいけない、と自分自身を奮い立たせるように。


「まずは、彼女に謝罪を」


 抱き合うことに満足したのか、再びロズリーヌのほうへ体を向けたエミールが言う。


「……謝罪? どうしてわたくしが謝罪を?」


 ロズリーヌが、不快そうに眉を寄せた。


「酷い……ロズリーヌさまは、あたしにしたことを忘れたんですか!?」


 今度は、エミールの腕にくっついていた女性が叫ぶ。


「……わたくし、あなたとは初対面だったと思うのだけれど」


 周囲のざわめきが大きくなった。

 アレグリア侯爵令嬢ロズリーヌ・ジョゼット・ミオット。それが彼女の持つ肩書きである。アディルセン王国(この国)で高い身分を持つ彼女に、あまりにも無礼な振る舞いだった。

 しかし、冷静に切り返すロズリーヌに対して、彼女はわっとエミールに縋りつく。


「そんな! あたしにした仕打ちをなかったことにしようとでも言うんですか!?」

「ロズリーヌ、最後の機会だ。正直に、自分がしたことを話してほしい」


 第一王子エミールは、思い悩むように眉をキュッと寄せ、わざとらしく声色を和らげた。

 彼は類い(まれ)なる美貌の持ち主であるので、こうしてほんの少し相手に良い顔をするだけで、()()可笑しなことをしていたとしても、だいたいの人の目は誤魔化されてしまう。とはいえ、ここ数年は『放蕩王子』などと揶揄されることも多かったのだが。


「自分がしたこと、とおっしゃいましても……」


 この状況にあっても、ロズリーヌは決して取り乱さず、背筋を伸ばして対峙する。


「そもそも、そちらの方のお名前も存じ上げませんわ」

「嘘よ!」


 ――まあ、それは嘘だ。

 自身の婚約者と過度に親しくする女性を、次期王妃と目されるロズリーヌが把握していないわけがない。ただ、互いに挨拶を交わす仲ですらないので、()()()()()()にしなければならないのだ。


「だから、それが白々しいと言っている。君は、自分が嫌がらせをしている相手の名前さえ知らなかったの?」


 エミールは、物分かりの悪い子どもに向けるような目でロズリーヌを見た。そして、話を先に進めたいと思ったのか「ダニエラ・バリエ嬢だよ」と付け加える。


「ああ……マルチェナ男爵の」


 納得したように、ロズリーヌはひとつ頷き、続けた。


「……わたくしは嫌がらせなどしておりません」

「話にならない。こちらには証拠もあるんだよ?」

「……証拠、と申しますと?」


 まさか、自分の知らない証拠でも()()()()のか――。

 思わず身構えるが、次のエミールの言葉で、それはまったくの杞憂だと知る。


「僕の愛するダニエラがそう言っている。それだけで十分じゃないか?」


 この瞬間、会場の空気が張り詰めた。

 正確には「そんなわけあるか!」と、全員が突っ込みを入れたと言ってもいい。中には笑い出す者もいたが、ロズリーヌは「やはり場所を変えましょう」ともう一度提案するのみだった。

 しかし、エミールはそんなロズリーヌの言葉に無視を決め込んで、さらに続ける。


「君が彼女に誠心誠意謝るまで、僕はここから動かない」


 頑固すぎる婚約者に、ロズリーヌは「殿下……」と眉を落とした。


「君が犯した罪は多岐にわたる。先に言った階段から彼女を突き落とした件も含め、他にも、彼女の私物を奪ったり壊したり、彼女と擦れ違う際は足を引っ掛けたり……おかげで、精神的に追い詰められた彼女は、成績を大きく落とすことになってしまった。君は『ちょっとした嫌がらせ』ぐらいに思っているのかもしれないけれど、未来の国母ともあろう者が、こんな陰湿なことを企て、実行するなんて信じられないよ」

「あ――」

「殿下、発言をお許しいただけますでしょうか!」


 何事かを言い返そうとしたロズリーヌの言葉を遮って、一人の男が前に進み出てくる。相手の言葉を遮ることは、本来、誰であっても無礼なこととされるのだが、状況が状況なだけに、それを咎める者はいない。

 エミールは一瞬ピクリと眉を反応させたものの、鷹揚に「許そう」と頷いた。


「私は、学院で教鞭を執っている者です」


 緊張した面持ちで姿を現したのは、貴族学院で教師を務める男性だ。ロズリーヌはそちらをちらりと見やり、しかしその表情に安堵のひとつすら浮かべることなく、再び前を向く。

 男はわずかに唇を震わせたあと、口を開いた。


「マルチェナ男爵令嬢の成績の件ですが、彼女は、中途入学したその時から今まで、だいたい同じような成績を保っております」

「……は?」

「ですから、彼女の成績は、もうずっと大きく上がってもいないし、下がってもいないということです。中途入学して以来それとなると、アレグリア侯爵令嬢は関与していないかと思うのですが……」


 教師の言葉に、ダニエラの表情が曇る。

 当然だ。ダニエラの現在の成績は実に酷いもので、下から数えて片手に収まるほどである。エミールもそれを知っている。

 精神的に弱っていたから仕方ないと励ましてさえくれたのに、()()()()()()()()()などと言われては――。


「ダニエラ……?」


 様子を窺うように、愛しい恋人の横顔を覗き込むエミール。

 しかし、ダニエラがなにかしらを口にする前に、再び人影が前へと躍り出た。


「――殿下、わたくしからもよろしいでしょうか」


 それは、王宮でロズリーヌの妃教育を担当する教育係のうちのひとりだった。

 今代の国王のマナー教師を務めた人物を母に持ち、本人も、数々の令息令嬢を完璧な貴族に育て上げてきた実績のある女性である。

 彼女もまた、末の娘が貴族学院を卒業するために、パーティーに参加していた。


「そちらのご令嬢を階段から突き落としたり……あとはなんでしたかしら。とにかく、ロズリーヌさまが犯したというその罪について、いつ、どこで行われたかというのは、当然把握していらっしゃるのでしょうね」


 さすがと言うべきか、ノーとは言わせない雰囲気だった。


「あ……いや、すべてというわけには……被害はかなりの数で――」

「……その『階段から落とした』という()()()()()については? 一歩間違えれば、生死に関わるような出来事ですが」

「ああ、それならはっきりと」


 口ごもるようにして答えていたエミールだが、そこだけは自信があったらしい。

 今度こそ、蔑むような視線を隠しもせず、背筋を伸ばして対峙するロズリーヌを()めつけた。

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