95.最悪の魔法
「ダークウェポン!」
商会長が詠唱をすると、空中に黒い武器が沢山生まれた。
「突撃!」
その時、騎士団長が声を上げて指示を出した。控えていた騎士たちが商会長に向かっていく。だが、その騎士たちに魔法で出した黒い武器が襲い掛かる。
黒い武器と騎士たちの激しい剣戟が繰り広げられた。黒い武器の方が数が多く、一人で黒い武器を二つ相手どらないといけない。次第に騎士たちは押され始めた。
その中にフィリスもいて、商会長に近づこうと黒い武器を戦っている。だけど、黒い武器の激しい動きに先に進めないでいた。
「ユイ、魔法で攻撃よ!」
「分かってる」
「溢れだす魔力よ、我が意志に従い、敵を切り裂く風の刃とならん。ウインドカッター!」
「神よ、聖なる力によって悪しき者を倒す無数の矢を与え給え」
セシルの風魔法と私の聖魔法の魔法が商会長に向かって飛んだ。すると、すかさず黒い武器が現われてセシルの風魔法を受け止めた。私の光の矢は黒い武器を壊し、商会長に向かう。
「くっ!」
無数の矢が商会長を掠っていく。黒い武器と接触したせいで軌道がずれてしまった。だけど、私の光の矢で黒い武器を突破することが分かった。
「セシル、私の光の矢で黒い武器を壊す。その後に風魔法を」
「分かったわ、やってみる」
「神よ、聖なる力によって悪しき者を倒す無数の矢を与え給え」
もう一度祝詞を唱えると、無数の光の矢が飛んでいく。その光の矢を防ぐべく、再び黒い武器が出現した。光の矢が黒い武器にぶつかると、黒い武器は壊れて黒い霧になって雲散する。
「溢れだす魔力よ、我が意志に従い、敵を切り裂く風の刃とならん。ウインドカッター!」
すかさず、セシルが風魔法の詠唱を唱えた。邪魔な黒い武器がなくなると、風魔法は真っすぐ商会長に向かっていく。
「ぐぅっ!」
風魔法が商会長に当たった。風の刃でその体を切り刻まれ、苦悶の表情をする。この調子で商会長を倒せば……。そう思っていると、商会長は叫び出す。
「くそっ! お前のせいで、お前がいなければ上手くいったのに! お前だけは許さない!」
すると、商会長が黒い霧に変化した。その黒い霧が私に向かってくる。咄嗟に防御魔法を張ってみたが、黒い霧は防御魔法を避けて私の体にまとわりついた。
突然、私の体が宙に浮く。黒い霧は私の体にまとわりついたまま、勢いをつけたまま大きな窓に向かっていく。
パリーン!
窓を破壊して外へと飛び出す。
「ユイ!」
「ユイさん!」
窓の向こうから二人の声が聞こえてきた。私の体はぐんぐん高く飛び、屋敷から離れていく。
◇
空を飛んだ私はとある屋敷の屋根に着地した。すると、私の体にまとわりついた黒い霧は離れて、離れた位置に集まって商会長の形を作る。
「こんなところに連れ出して、何をするつもり?」
「ここでお前を殺す。一番苦しむ方法で殺してやる」
商会長は相当私のことが憎いみたいだ。それもそうだ、商会長の企みを潰した張本人なんだから。対峙する商会長がまた詠唱を始め、私は防御魔法を張る。
「イルージョン」
商会長の手から黒い霧が包み込み、それは勢いよく私に向かってくる。前面にだけ張った防御魔法の意味はなく、上や横から私を黒い霧が包み込む。だが、痛くはない。これは一体?
考えていると、黒い霧が引いて行く。そして、黒い霧は三つの塊に集まり、何かの形を成していく。どういう魔法なんだ? そう思ってみていると、黒い霧が人の形を成した。
そして色づいていく黒い霧。その姿に私は絶句した。それは、最後に見た両親とお姉ちゃんの姿をしている。
「ふははっ、驚くだろう? お前の大切な人が現れたんだからな」
「……そういう魔法?」
「そうこれはただの魔法だ。だが、お前自身がそう思えるかな?」
魔法だったら大丈夫。本物じゃない、あれは偽物だ。そう思って、魔法で作られた家族を見る。その目と目が合うと、心が震えた。動揺しないと思ったのに、思った以上に動揺しているみたいだ。
「ユイ」
その声を聞いて、体も震えた。久しぶりに聞く家族の声は記憶のものと変わらない。それが幻影でも嬉しく感じるのは、私がおかしいのか?
黙って家族を見つめていると、家族の体が突然傷つく。それはゾンビにやられたような傷で、傷口から血が滴り落ちる。その光景を見て、血の気が引いた。
「ユイ……助けてくれ」
「ゾンビになりたくないわ」
「お願い、助けてよ」
家族の助けを呼ぶ声に体が動かなくなった。酷い別れ方をした家族がどんな思いで残りの時間を過ごしたのか、想像して辛くなる。こんな風に……。
「ダークウェポン!」
その時、詠唱の声が聞こえた。ハッと我に返ると、黒い武器が私に向かってきていた。慌てて腕輪を特大メイスに変えると、襲い掛かって来る黒い武器に向けて振った。
豪快に振ったメイスは黒い武器を粉砕する。次々と襲い掛かって来る、黒い武器。その全てを打ち果たすと、商会長の下へ走って行く。
ニヤニヤと笑う商会長に特大メイスを振るった。その時、メイスの軌道に家族の姿が出現する。思わず、メイスを別の方向に振った。……幻影だとしても、家族をメイスで叩くなんてできない。
「ふふっ、どうした? メイスを振っていれば、私を倒せたぞ?」
「……下衆が」
「じゃあ、なぶり殺してやろう」
商会長が詠唱を始めると、再び無数の黒い武器が出現した。私は距離を取って、それを迎い打とうとする。そんな私に向かって家族の幻影が近づいてくる。傷ついた姿で助けを求めて。
それだけで私の心は抉られる。あの時、助けられなかった後悔が溢れてきて、心を重くした。幻影に気を取られるわけにはいかないのに、意識がそっちに行ってしまう。
「死ね!」
無数の黒い武器が襲い掛かってきた。メイスを構え、襲い掛かってきた黒い武器に向かって振る。次々と黒い武器を粉砕していくと、視界の端で家族の幻影が近づいてきているのが見えてくる。
「これでどうだ!」
幻影の家族に黒い武器が襲い掛かる。その光景を見て、咄嗟に体が動いてしまった。家族に近寄って、その黒い武器を粉砕する。大きな隙を見せた私に、残っていた黒い武器が襲い掛かってきた。
防御魔法が間に合わず、体が黒い武器に傷つけられる。斬られる痛みに歯を食いしばり、強引にメイスを振り回す。周囲に浮かんでいた黒い武器は粉砕された。
「どうだ、体を切り刻まれる痛みは。ここでは仲間の助けも来ない。お前は終わりだ」
「別に仲間の助けなんて必要ない。私一人でお前を倒す」
「くくっ、そんな事ができるかな?」
あの二人の助けがなくたって私は戦える。それに、こんな離れた所まで来た私を見つけられるとは思えない。今までだって一人で何とかしてきた、だから今回もそうするだけだ。
「じゃあ、こんな事をしても平気か?」
ニヤつく商会長が手をかざす。すると、幻影の家族がこちらに近づいてきた。
「……来るなっ」
来て欲しくないのに、近づいてくる家族の幻影。メイスを振って粉砕することもできず、至近距離まで近づいてきた。どうすればいいか悩んでいると、その家族が私を抱きしめていた。
「ユイ」
抱きしめる温もりがあり、名前を呼ばれると返事をしたくなる。その家族の幻影をメイスで粉砕することも、自らの手で押しのける事もできない。感情がぐちゃぐちゃになって、正しい思考ができなかった。
「ダークウェポン!」
商会長の詠唱の声が聞こえる。無数の黒い武器が出現して、刃の先がこちらに向く。メイスを振らなくちゃ、そう思っているとメイスを持つ手を幻影が触る。
「ユイ、一緒に逝こう。これからは家族一緒だ」
「一人にさせてごめんね。もう頑張らなくてもいいのよ」
「ユイが居なくて寂しかったよ。だけど、ユイが死ねば寂しくない」
幻影の家族の言葉が心を抉る。大切な家族がいなくなったのに、どうして私はここまで生きていたんだろうか? 私一人で生きる価値なんてあったのだろうか?
考えないようにしていたことが脳裏に浮かぶ。なぜ、私は生きるのか。いっそ、死んで家族の下にいった方が穏やかになれるんじゃないだろうか、と思ってしまう。
……違う。私は家族の分まで生きるって思ったんだ。だから、懸命に生きている。こんなところでなんか死ねない。それなのに、体が動かない。楽になりたい気持ちが隠れていたからだ。
「今度こそ、死ね!」
黒い武器が一斉にこちらに向かってくる。メイスを握る手に力を籠めて振ろうとするが、その手を押さえつけるように家族の手が絡みつく。振り解けばいいのに、振り解けない。
眼前に迫る黒い武器。ただ見ることしかできなかった。その時――
「ユイさん、危ない!」
「溢れだす魔力よ、我が意志に従い、敵を切り裂く風の刃とならん。ウインドカッター!」
フィリスが前に現われて黒い武器を斬り伏せ、セシルが風魔法で他の黒い武器を雲散させた。……何故、ここに二人が?
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