秘密 Secret
藤田は突然アパートに押しかけてきたガールフレンドと目があったまま固まった。正確には、ガールフレンドのほうも膠着している。理由は明らかだ。彼は秘密を見られてしまった。メード服趣味、という秘密を知られてしまった。
誤解のないように、もう少し詳しく記述しよう。藤田はメード服を着てよろこぶ趣味はない。彼の趣味は、もっぱらメード服を作ることにある。だから、メード姿の藤田と鉢合わせた状況ではない、ということは強調しておこう。それでも一人暮らしの男が、ミシンでせっせとフリフリのメード服を制作している姿は、やはり知られたくなかったのである。
さて、いつまでも黙っているわけにはいかない。
藤田は弁解する。けれども、言い訳は思いつかない。これをどう弁解しようというのか。この状況を打開できる者がいたら、そいつはきっと、メード服の神さまだ。
このように内心、穏やかでない藤田だったが、対して、彼女はにこにこしている。はじめは驚たようだった。それは当然だろう。しかし、いまは大変機嫌がよさそうだ。彼女の上機嫌がこのメード服に関係していることは確かだろうが、それだけに不思議である。
「裁縫、得意なのね」
「手先の器用さには自信あるんだ」藤田は不可解さを胸に抱きながらも、いつもどおりの会話に戻れた。ミシンの使い方や、服の作り方、このふりふりのかわいい服はなにを参考にデザインしたのか、そんなことを訪ねられた。
そのときだ。藤田は遅れて気がついた。
完全に失念していた自分の頭脳に、藤田は額を叩く。と同時に、起死回生の手段を思いつく。
幸運は三つ重なった。
一つ目、彼女はメード服をメード服と認識していない。ふりふりの可愛い服、と口にしている。
二つ目、自分が着るわけでもないから、藤田が制作するメード服のサイズは、すべて彼女を参考に作っていた。
そして、
藤田がいまさっき思い出した、三つ目の幸運――。
これら三つの幸運を合わせると――。
「拙い手作りだけれど、この服をもらってくれないかな……」藤田は打って出た。「誕生日おめでとう」
彼女は、笑顔で受け取った。
藤田は人生最大の危機を脱したのだ。
しかしそのご、彼女と結婚した藤田は、彼女のために何作も服を作らねばならなくなった。