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C・P・A 〜看護学生から看護師になって私ができたことは〜

作者: 菜須よつ葉

看護学生目線で書いた【C・P・A  ~最期の一秒まで~】を看護師になって書き直したリメイク版です。

 看護師国家試験に合格して5年が経とうとしている。


「よつ葉先輩、5号室の佐久間さんなんですけど」


 後輩の瞳ちゃんに、声をかけられた。佐久間さんはスキルス胃癌で発見が遅かった為、診断出た時点で腹膜播種を併発していた。腹膜播種を手術で完全に取りきることは難しく、仮に肉眼的に取りきれた場合でも術後に再発することが多い。そのため、腹膜播種が見つかった場合は、基本的には胃の切除は行われず、抗癌剤による治療(化学療法)が中心。佐久間さんも切除術は行わず抗癌剤の点滴静脈注射や内服による全身化学療法を行っていた。


「佐久間さんが、どうしたの?」


「主治医の碓氷先生とよつ葉先輩に話したいことがあるって、言ってました。一度病室に行ってもらえますか?」


「わかった。もうすぐ点滴交換の時間だしね。その時に話聞いてみるよ」


 瞳ちゃんにそう言うと、瞳ちゃんの顔が一瞬、歪んだ気がした。佐久間さんから何か聞いたのかも知れないと思ったけど、後輩に心配かけるわけにもいかないので笑顔で頷いた。ナースステーションに戻りナーシングカートに体温計・血圧計・医療用手袋・聴診器、そして交換用の点滴を乗せて佐久間さんの病室に向かう。


「佐久間さん、点滴交換しますね」


 声をかけながら病室に入りモニターの数値を素早く確認して点滴交換の準備をする。点滴ボトルを交換しバイタルをチェックして電子カルテを開き看護記録をつけていると佐久間さんから声がかかる。


「あの、菜須さん」


「はい、どうしました?」


「あのぉ、先生に病気の現状と治療の話や治療効果の話を受けて自分なりに考えました」


 しっかり私の顔を見ながら話を進めていく佐久間さんの表情に迷いなどは見当たらないくらいしっかりしている。


「それでは、主治医の碓氷先生に声をかけてきます。直接お話ししてみたらどうでしょう。質問や不安なども直接聞けますからね」


「ありがとうございます。お手数をおかけしますが宜しくお願いします」


「佐久間さん、お礼なんて良いんですよ。これが私の仕事ですから」


 笑顔で伝えるよう心がけている。それは看護学生の頃から自分に決めた事でもある。当時の指導看護師の先輩から言われた事で「感傷に浸ってはいけない」「患者さんの前で泣いたらいけない」「心を乱してはいけない」「何があっても顔に出してはいけない」と教わった。それは今でも心がけている。


 佐久間さんの病室を出てナースステーションに戻り碓氷先生にコールを鳴らす。そして佐久間さんの言葉を伝える。10分後にカンファレンス室と言われコール終わらせると月雛師長に今までの経緯を話し、佐久間さんの病室に行き、碓氷先生からの伝言を伝える。


「10分後にお迎えに来ますね」


「よろしくお願いします。ありがとう」


 病室を出てナースステーションに戻り、カンファレンス室に行く準備を整えておく。しばらくして医局から碓氷先生がナースステーションに顔を出す。


「碓氷先生、佐久間さん、カンファレンス室にお連れしても大丈夫ですか?」


「うん、そうだね。行こうか」


 そう言いながら資料を手に持ちカンファレンス室に向かう碓氷先生。看護記録を持ち病室に向かい佐久間さんと一緒にカンファレンス室に向かう。全員揃い、カンファレンス室になんとも言えない空気が流れる。佐久間さんが碓氷先生に視線を合わせてから自分なりの言葉で意思を伝える。


「治療をしても生きられる可能性が無いのであれば、このままで動けるうちに色々とやりたい事をしたいです」


「わかりました」


「碓氷先生、あとどれくらいの時間が残されていますか?」


「半年程は身体の自由が効くと思います。その後は少しずつ痛みが強く出たりするようになります。積極的治療を行わず残りの時間をご自身のやりたい事に過ごされる。痛みが出始め生活に不自由を感じ始めた時のために終末期医療専門の施設をご紹介させていただいておく事も可能ですので宜しければ専門のスタッフにお聞きになってください」


「ホスピスっていう事ですよね?」


「そうですね。ターミナルを専門としていて、延命を目的とした治療ではなく身体的・精神苦痛を除去し、生活の質の維持・向上を目的とした処置をしている施設です」


「できれば、最期の最期まで入院生活ではなく自宅で生活できたらと思うのですが、厳しいでしょうか」


「在宅看護という選択肢もないわけではありませんが、菜須さん、説明お願いできますか」


 碓氷先生が、在宅でのターミナルの条件などの説明を佐久間さん本人へ看護師からの説明に切り替えた。こういう話も出るだろうと思い事前に、専門看護師に聞いてメモをしておいたものを見て説明を始めた。


「在宅での看護には、本人の希望ももちろんですが、佐久間さんを支えるご家族の介護力や意思が必要になります。簡単にまとめてみましたが、6項目ほどあります」


 ①本人・家族に在宅療養の意思があること

 ②介護者の存在とそれを支える介護力があること

 ③ケアコーディネートによる保健・医療・福祉面の適切な支援があること

 ④在宅療養可能な病状であること

 ⑤往診可能な医師がいること

 ⑥緊急時の体制が整っていること


 退院前に、こちらの病院の退院看護師に一度話を聞いてもらえるように手配する事もできますと付け加えた。カンファレンス室に入る前より緊張の糸が切れたようで笑顔が見られるようになっていた。





 佐久間さんの意思により、全身化学療法を中止し体調面も安定してきたので退院の日を迎えた。私服に着替え会計を済ませて、荷物の最終確認を終えて、ナースステーションへ顔を出した佐久間さん。


「お世話になりました。本当にありがとうございました」


 ナースステーションにいる看護師全員、佐久間さんの元へ駆け寄り、それぞれに言葉を交わす。そして振り返る事なく病院を後にされた。看護師一同、佐久間さんの残された時間が、後悔のないよう歩まれる事を願っていた。



  ○○○数ヶ月後○○○


 患者さんたちのお昼の薬の配薬も終わり、少し落ち着いた時間が流れていたナースステーションに救急外来から内線が入った。内線を受けた看護師が告げる内容に全員が顔を見合わせた。


「佐久間さん腹部の激痛のため、救急車で搬送されたようです」


 救急病棟の看護師がカルテを見てなのか佐久間さんの願いなのか詳しくはわからないが連絡を入れてくれたようだった。佐久間さんが入院となってもここは一般病棟。隣の棟の緩和ケア病棟での入院になるであろう事は誰の目にも明らかだった。しかし、佐久間さんが慣れたうちの病棟にとの希望が伝えられ、病院側が病室の空き状況など色々加味して緩和ケア病棟ではなく、一般病棟だった以前入院したことのあるうちの病棟に再入院となった。きっと最期の入院になるであろう佐久間さんは痛みを管理されていて落ち着いている状態だった。


「また、お世話になります」


「退院してからの生活はどうでした?」


「行けなかった旅行に行ってきたんですよ。2泊3日でしたけどね」


「良いですね。どこに行かれたんですか?」


「そんなに遠出はしてないんですけど、温泉に浸かりに行ってきたんですよ。のんびりできました」


 そんな話をしながらバイタルをチェックする。以前に比べ脈打つ拍動は弱々しい。モルヒネで抑えられている痛み。全体的に痩せたようだった。日々、生命維持装置の数値は下がっている。会話もままならなくなってきたある日


「わがま……まを、聞いて……くださり、ありがとう……ございま……した」


 弱々しくではあったが、しっかりと聞き取れる言葉を伝えてくれる佐久間さん。そして数時間後


「もう、電子血圧計では測れません」


 平常心を心がける。


「サチュレーション振れません」


 主治医が最後の診察をする。そして死亡宣告をする。寝ているのかと思うほど、穏やかな最期だった。看護師になって担当患者を看取る事もある。その度に、思うことがある。この人の最期に携われた事への感謝の気持ちを忘れずにこれからも看護の道を歩み続ける。




☆ サチュレーション ☆

 酸素飽和度のこと。血液中に溶け込んでいる酸素の量であり「%」で示される。

 健康であれば99%近くの値になる。呼吸器官に異常があると体内に取り入れる酸素が減ってしまうためサチュレーションが低下する。




 ☆ C・P・A ☆

 心肺停止




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― 新着の感想 ―
[一言]  つい最近友人をガンで亡くしたばかりなので、色々と刺さります。  寄り添いながら一線を引くというのは、とても難しいのでしょうね。
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