Farce or die Resonanz
人生はこのためにあったんだ!
感情が発露し、制御がきかなくなる。今まで隠していた感情を惜しげも無く使って綴りあげた詩は、苦く、淡い物語。
だが、それ故に楽しく、痛快な物語。
「泣いて、喚き散らして、願ったんだ!!心に!夜の帳を降ろしている空に!」
1人公園で爆音を出しながらギターを奏でる。
観客はいなくて良い。いや、正確には聞いてくれる"人"なんていなくいてもいい。
自分を受け止めている地面。綺麗な高音を出しながら生きている虫。背丈の短い草。葉が赤く色づいている木々。
これらが僕の演奏を聞いてくれている!自分の妄想なのかもしれない、ただの逃避行しているだけのやつかもしれない。だが、
そんな他人からの評価なんてどうでもいい!今、僕が楽しかったら。今、僕が少しでも何かを晴らせるのならそれでいい!
人と張り合うのでは無い。人と同化していくのでは無い!己が道をゆくのだ!!!自分の感情を叫ぶのだ。
「空に雲が無いなんて事はない!晴れ間は一瞬だ!それをどう生きる?!どう感じる!どう叫ぶ?!」
これまでに経験した沢山の感情。
不快な時は鮮明に。愉快な時は一瞬に!嘆き、泣き、笑い、光り輝け!
自分の感情のボルテージはMAXに。
即興で口から出される詩はもっと感情的に、もっと情熱的に進化を遂げていく。
僕の見る世界は眩しい色で埋め尽くされる。一色一色が頭の中に鮮明に残り、2度と忘れる事はできない。そんな物へと変貌していく。
木々はまるで僕の曲に合わせてくれているかの様に横に、縦に揺れる。
数枚の木の葉がヒラヒラと舞い、赤色が一枚また一枚と減ってゆく。そこに感じる思いは寂しさなどといった偽善の心ではなく共感。僕も空中を舞えたら、誰かに依存して生きれれば。何も考えなくて良いのならば。だが、今だけはそんな感情を使いこなし、詩として使う。
「僕だってそうしたかった!その道が選んでみたかった!!!!全て捨ててみたかった!!!!」
顔から流れる雫は、雪解け水の様に綺麗で、冷たく。
僕にも春が来た様だ。無様かもしれないが、春が来たんだ。
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とある高校に1人の少年と少女がいた。
「課題、提出できてないのお前だけだぞ」
今日の授業が終わり、帰ろうと教室を出ると通りすがりの何科すら覚えていない男教師から課題の提出を催促される。
別に課題を提出しないのが当たり前というわけでもないが、毎回勤勉に課題をこなしてくるかと言われればNOだ。
僕だって成績が欲しく無いわけじゃ無い。だが、自分の自由の時間を酷使してまで掴み取りたい物でも無いのだ。
だからこそ、テストでは毎回高得点を取り、課題を数個提出しなくてもそこそこの大学に行ける様に微調整はしている。
「はい。すいません」
「ちゃんと提出しろよ、じゃないと将来が大変な事になるかもしれんぞ」
「はい」
何がしたいとか、何になりたいなんて将来の夢はない。趣味も特にコレといって無いし、特技だって爺ちゃんから教わったギターが弾けるぐらいだ。
ギターの練習は日々の日課となっており、僕の生活には結構欠かせない物となりつつある。
将来像、現実が見えてくるこのくらいの歳になると、夢を語る事すら勇気がいる。別に他人に貶されるのが怖いわけじゃ無い。
ただ、夢を想像したとしても、そこに辿り着くまでのチャートがクリアに見えすぎる為に自分には無理だと放棄する事が怖いのだ。例えば、ギターのプロになりたいと思っても、通常生活に+αでギターの練習を5時間ぐらい必須になってくる。そこから、芸能事務所に入ったり、音楽関係の職に着くために就職という狭き門を通る必要がある。
ほら、もうこの時点でかなり億劫だし、自分にはなれっこないという自己肯定感低めの考えが容易に浮かび出す。
もうこんな経験は何度もした。頭の中で想像し否定する。それを繰り返す。何回目かすらも思い出せない。
「...」
大人はみんな言う。当たって砕けろ、間違える事は悪いことでは無い、間違えたって誰も馬鹿にしない。これらは聞き手が思っている事であって、自分が思うことではない。僕にとって、少なからず何かをみんなの前で何かを公表する事は緊張することだし、恥ずかしいことである。他人がどう思っているとかではない、ただ人から視線を向けられるという事実が頭の中で一番夢の否定を促す。
そんな陰湿な考えを払拭するように、頭の中にギターの音が響き渡る。
(ギター?学校で?)
その音に僕は吸い寄せられるように近づいていった。
弦を弾く綺麗な音は何にも変え難い物で、自分を学校の自分から素の自分に戻してくれる。
音の発生源を聞こえる頃には、先ほどまでの暗い考えはすっかり頭の中から消えていた。
(視聴覚室?)
発生源の前にはドアが置かれており、上を見上げると視聴覚室の文字が目に飛び込んでくる。
ドアは少し開いており、ドアノブを掴んで開けばすぐ開くであろう。
少し躊躇いはあったが、ドアノブに手をかけドアを開く。
躊躇っている間も絶え間なく音は鳴り響く。
古いドア特有の音を発しつつ、ドアを開けていく。
ドアは少しずつ中の様子を見せてくれる。最初に、壁付近に置かれていた本棚。次に乱雑に置かれている鉄パイプ椅子。ドアを半分程開いた頃に、中から女性の声が聞こえる。高く美しい声。
どんな女性だろう。そう思った僕は思い切ってドアを最大まで開けてみた。
そこにいたのは、ギターを弾きながら目を瞑り、歌を歌っている女性の姿だった。
視聴覚室の明かりがギターの表面と女性の髪を光らせる。
女性は目を瞑っているからかまだこちらには気付いておらず、僕の知らない曲を歌い手元を器用に動かす。
「あ〜。ま〜。」
正しい音程を探っている様な声。だけど発する一音一音が綺麗だった。耳に残った音は少し経てば消えてしまい、余韻に浸らせる前に次の声がやってくる。同じ事を歌っていても違う声、違う音程。
そんな声に魅入られた僕はドアノブを掴んでいる事すら忘れて、聞く事を優先してしまう。
「ん?んん?う、うわぁ!?」
彼女は持っていたギターを抱えたまま鉄パイプから綺麗に崩れ落ちる。驚いた様な反応を見せるあたり、本当に今の今まで僕がいた事に気づいていなかったのだろう。
「あ、す、すいません...」
「ちょ、ちょっと待ってよ!い、一体いつから聞いてたの!?というか、なんでここにいるってわかったの!?」
彼女は驚いていた姿勢を変え、視聴覚室特有のタイルではない布の様な、マットの様な、何かの上に女の子座りする。
仕草一つ一つ取っても可愛いと美しいの両方を秘めていて、僕の目を釘付けにするには十分過ぎる事だった。
「外に音が漏れてて...来たのはさっきです。ギター、上手いですね」
「漏れてて...?っ!そういえば私、今日鍵かけ忘れてたかも...あちゃー、やっちゃたねぇ...」
「ごめん、とりあえず鍵かけてもらってもいい?」
その言葉に頷き、僕の右後ろにあるドアノブの下にある鍵に両手で手をかけ、少し力を込めて回す。するとすぐに鍵のロックはかかり、完全な防音状態になる。
この状態だったら外に音は漏れないだろう。
「じゃあ君、とりあえず私と話をお話をしよう。質問はあるかい?」
座って座ってと言わんばかりに彼女は手を彼女の隣にポンポンと地面を叩いている。
僕はそれに応じ、上履きを脱ぎ、彼女の隣は少し気まずいので対面に座る。
「ギター、上手かったですね。どこかで習ってるんですか?」
「う、上手い!?いやー、んふふふ。上手いかー、そうか、上手く聞こえちゃったかー」
最初は素直に驚いていたが、途中からは口に手を当てて誇らしげにしている。
「ちなみに言うと、コレは独学。家にあったギターを勝手に弾いてたら楽しくなっちゃってね、今では立派な相棒さ」
と言うと、右隣に置いていたギターを包み込むように抱き、顔に笑い顔を浮かべる。
その顔もどこか可憐で、儚くて、可愛さを秘めていた。
「ど、独学...すごいですね...」
「ん?そうかい?まぁ、私は生まれた時から私はすごいからね」
独学となると、絶対音感や相対音感みたいなものを持っているのだろうか...
もう一度パイプ椅子に座り直し、ギターを肩にかけ、ギターの弦をピックを使って弾く。椅子に座ると長い髪が静かに横に揺れる。
「あ、そうだ!君、聞いていく?私のワンマンライブ」
「ワンマン?なんか、いつもはギター友達がいるみたいな言い方ですね。他にギター友達がいるんですか?」
「うん。たった今出来たんだよ」
たった今...?
コレって僕も弾く流れ...?ギターが弾けるなんて言ってないのにな...
「君、ギター弾くでしょ?ピックを長時間もつ人特有の手をしてるんだもん」
すごい観察能力。
手をぎゅっと握られ、まじまじと人差し指と親指を見たかと思うと、突っついてくる。
ちょっとくすぐったい...
「はい、一応...」
「でしょ!!あったりぃ〜!じゃあ、今から交互に弾いてこ!」
「え、今日僕ピックすら持ってなくて...」
「そんなん手で良いよ!」
肩にかけていたギターを外し、彼女はこちらに渡してくる。
僕はそのギターを一度鳴らした後、誰もが知ってそうなロックな曲調の音楽を弾き始める。
「お!いいねぇ!ロック系かい?好きだよ私!テンポの速さと、音程の高低差が弾いててクセになるんだよねぇ」
確かにロックは高低差が激しい曲調だ。それゆえに、弾くのも他の部類の曲と比べるとかなり難しいものとなっている。
だから僕は彼女の言葉に耳を傾けるのは辞め、弾くこと、魅せる事に全身系を注いだ。
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そんな奇妙な出会い方をしてから早くも半年がたった。ピンク色に色付いてた桜の花は、緑の葉に変わり、まだ黄緑だった草は濃い緑に変わっている。所々の木々はもう、赤茶色、錦色に色づいており紅葉の始まり、秋の始まりを彷彿とさせる風景となっている。
春、外で部活をしていた初々しかった一年生もどこか大人びた雰囲気を纏っており、周囲は目まぐるしく変化している。それは僕や彼女にも例外なく当てはまり、今では放課後に視聴覚室に籠って一緒にギターの練習や、意見交換をするような間柄にまで発展していた。僕が彼女に感じた恋心は今もなお冷める事を知らず、僕は半年間ずっと彼女を慕い続けている。
そのせいで、彼女の一挙手一投足に目を釘付けにされる。
ある意味、僕は全く変化をとげていないのではないだろうか...
「あ!僕ちゃん。今日どうするよ?何するよ?希望とかある?」
廊下であった彼女が僕に今日の練習内容を聞いてくる。
彼女はいわゆる天才と呼ばれる部類の人種だろう。何をさせても1週間もあればすぐに習得してくる。
僕だって家で結構練習したりしているのだが、彼女の成長スピードには全く敵わない。雲泥の差というやつだ。
それでも、僕と一緒に練習をしてくれる。僕の間違いもすぐに修正してくれるし、質問したら大体真剣に考えてくれる。ここまでギターが上手いのならば、もういっその事めちゃくちゃ上手い人に師事して貰えば良いのに、と思った事は幾度とあるが、彼女と2人っきりになれるこの時間が愛おしくて、言い出せない。言い出したらこの関係が崩れてしまいそうで、もう一生手の届かないどこかに行ってしまいそうで。
「あ、それじゃあれしたい」
そう言って僕はポケットからスマホを取り出すと、youtubeのshort動画を見せる。そこには男女で、パートを分けて演奏している姿があった。
ロック系だと、高音は男性担当、低音は女性担当というふうに綺麗に分担して弾かれている。多種多様な引き方があるらしく、男を主軸とするもの、女を主軸とするもの。
「ん〜?ん〜...いいね、それ。じゃ、いつもの場所で!」
「りょーかい」
初めてのデュオという事で、少し気持ちが舞い上がる。
(コレが終わった後、告白するんだよな...キンチョウしてきた......)
そう、僕は今日練習が終わった後、彼女に告白しようと考えているのだ。
初めての告白でやり方も分からず、ベタな方法でいこうかと思っている。
"告白"このワードに頭は占拠され、気づいたら授業はおわっていた。
いつも通り人気のない廊下を歩き、視聴覚室まで行く。
いつも通っている廊下は何故か長く感じた。いや、体感的に距離は変わっていないのだが足取りがいつもよりも重い気がした。
いつもの古ぼけたドアを開ける。
そこには、僕よりもずっと早くにココを訪れ、胡座をかいて座っている彼女の姿があった。
「お!やっときたねぇ。さぁさぁやるよ!僕ちゃん!」
「ギター取り出すから、先練習してて」
ドアの開いた音と共にコチラを振り向いて彼女は自分のギターをポンポンと叩き、ギターの練習の催促をする。
「んぁ、そうだ。今日さ、ちょっと最後に話したい事があるから残ってくれない?」
「ん?なになに〜?キャ!もしかして私、告白されちゃう〜?」
変な所で勘が良いな、コイツ。
「うん、まぁそんなもん」
別にはぐらかす意図なんてなかったが、ちょっと素っ気ない態度になってしまった。
「じゃあやろうか」
「おっけー。じゃ、どこからする〜?一番難しい所?それとも、逆に簡単な所?それともそれとも〜?」
「無難に一番難しい所練習して、一回繋げてみる。とかで良いんじゃない?」
コレは、最近僕がハマっている曲の練習方法だ。一回一回繋げてやると成長が目に見えるようになるため実感を得られやすいし、どこが出来ないのかが簡単に把握できるから個人的には結構良い練習方法だと思っている。
「んー、安定策はつまんないから即興で全部繋げてみよう!」
そう言うと彼女はスカートに付いているポケットからスマホを取り出し、先ほど見せたyoutubeのギターの楽譜の確認を始める。
「ほれほれ、こっちにきて一緒にみんかい」
「なんで急にお婆さん口調...」
一応言われた通りに、楽譜が見える距離まで近づいて一緒に確認する。対面でお互いが胡座をかいている状態。
彼女は全く気にしてないみたいだけど、真正面ってなんか気まずい...
「よし!とりあえずやってみよう!」
ものの5分ぐらい携帯を見つめたあと、彼女はギターを弾く準備をする。
するとすぐさま、ジャンッという独特の音が聞こえてきた。
「ほれ、いくぞ僕ちゃん。ワン、ツー、スリーフォー」
彼女と僕はタイミングを合わせ、デュオを始めた。
最初は簡単なので、お互いにミスることは無かったがサビに入るとそうもいかなかった。
彼女は難なく弾いているが、僕は結構間違えている。いや、正確には彼女も楽譜通りには弾けてないと思われるが、それを感じさせないほどのアレンジを織り交ぜていた。
なんとか彼女に引っ張られながら初演奏は出来たが、成功と言って良い代物ではない事だけは確かだ。
なんて事を考えていると、彼女がコチラを向いて声をかけてきた。
「僕ちゃんさぁ〜アレンジ全く入れてくれないじゃん!あれじゃ、いかに私が天才でもカバーするのは、無理だよ〜」
「逆にそんなにポンポンアレンジ思いつく方が無理だわ...」
「ちなみに聞くけど、アレンジってどういう風にやんの?」
彼女はどの曲を弾く時もそうだが、メチャクチャにアレンジを入れまくる。
後からそれについて聞くと、全て彼女は即興と答えてくる。
つまり、多分今のも即興で考えたものだろう。
「だから、曲聴いて感じた事をそのまんまギターであらわす感じ!悲しいと思ったなら、暗い感じ。楽しいと思ったなら明るい感じ。自分の感情を最大限に発露させるんだよ!頭の中ではもうこれ以上抑えられねぇ〜みたいな感情を全部吐き出すんだよ」
「へいへい。いつも通りの感情論ありがとさん」
そして、即興の仕方を聴いて帰ってくる返答もいつもと同じ通り。
感情を吐き出す。この意味が、今の僕には理解できなかった。
「コレからはミスった所とか、覚えてなかった所を個々で練習かなぁ〜、って事で今日は僕ちゃんの話聞いたら、かいさーん」
さっきのさっきまで、ギターを弾いていたから気が紛れていたが、彼女の言葉で急に現実に戻された。
すると突然、頭の中に心臓の音が響き渡り、冷や汗が出てくるのを感じた。
一世一代の大勝負。
僕は覚悟を決めボロ雑巾の様な、なけなしの勇気を振り絞り、言葉を紡いだ。
「ぼ、僕と、付き合ってください!」
彼女は、目を大きく開いた。
一瞬嬉しそうな顔を見せたと思ったら、悲しい顔にすぐ変わってしまった。
「ごめん...」
彼女の口から放たれた一言は、僕を地獄の底へと突き落とした。
ゴメンという言葉が頭を駆け巡り、告白に失敗したという結果だけが反芻され、刻まれる。
「な、なんで?どうして?」
気づけばそんな言葉が口から漏れていた。
心の中で、それはもし、僕が振られた時に絶対に言わない様にしようと誓ったものだった。
「ごめん、私は君との恋路よりもギターを選ぶ、私の夢を選ぶ」
彼女の顔は苦渋の決断を下したかの様な顔で、綺麗で、可愛かったあの顔がどこか変化していた。
「私は、ギターで世界を獲ってみたい。ギターの頂点に立ってみたい」
そう告げた彼女の顔は先ほどの顔とは打って変わって、覚悟を決めた1人の演奏者の顔だった。
「うん、ありがとう。じゃあ僕は自主練するから帰るね...」
僕は彼女の前では絶対に泣きたくは無かった。目に涙を浮かべていようが、泣く事だけは避けたかった。
だから、急いで自分のギターを回収して走って出て行った。
後ろからは彼女の声が聞こえた気がしたが、振り向かなかった。
帰り道、何故か公園に立ち寄った。
公園で一息つくと、感情が一気に押し寄せてきて声は上げずとも、静かに1人うずくまって泣いていた。
頭をよぎるのは、彼女との記憶。親しい友人のままでいられれば、悲しい記憶にならなかったはずの記憶。
『頭の中ではもうこれ以上抑えられねぇ〜みたいな感情を全部吐き出すんだよ』
何故かさっき言われたこの言葉が頭の中で響いている。
「感情を吐き出す......」
周りの空は、赤く色づいている。もうそろそろ夜の帳が下りる頃だろう。
「感情を発露させる......」
何故か僕はギターケースに手をかけ、ピックを持ち、演奏準備をしていた。
次の瞬間にはギターが音をだしていた。
先ほどまで明るかった世界は暗く暗転し、冬に近づいている事を明確に暗示してくる。
手が止まらない。頭から出てくる発想が止まらない。
体が信号を出すまでもなく、反射的に、ギターを弾いている。
「楽、しい!!!!!!!!!!」
コレが、ギターを産まれて初めて心の底から楽しいと思ったら瞬間だった。
哀楽が両方同時に出現し、混乱するかと思ったが、そうはならなかった。
むしろ、さっきよりも動く手はずっと速く、音は大きいものとなっている。
もうここまでくると、感情は止められない。
「泣き喚いた!それでも、彼女を!!彼女を!!!!」
今まで隠していた感情を惜しげも無く使って綴りあげた詩は、苦く、淡い物語。
だが、それ故に楽しく、痛快な物語。
「泣いて、喚き散らして、願ったんだ!!心に!夜の帳を降ろしている空に!!!」
叶うはずと思っていた恋情。
崩れないはずと願っていた友情。
コレからもこんな関係が続くと思っていた。
コレが、終わったのだ。自分が終わらせたのだ。
この思いをどう叫ぶ!どう感じる!
「もう一度!もう一度!!叶わないと知っていたなら、こんな事はしなかった!」
目からは、水が。口からは感情が。もう止められない。もう止まらない。
一度壊れた蛇口は役割を忘れている。
「さぁ!始めよう!新たな幕開けを!!!!」
自分の人生の幕開けを今、ここに宣言する!
つまらない過去は置き去りに。不確定な未来は拾い集め、確定のパズルを揃えてゆく。
ここに、将来世界を代表する音楽家になる男の第一歩目が刻まれたのだ。
感情と共に。
頭はいらない。いるのは感情論のみ。
人に多くの悲劇を!
人に多くの喜劇を!
人に多くの演劇を!
名前をつけなかったのはわざとです。
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