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98/101

29・磁場の中心は、いつでもシーナさんだ……。①

 大河の家で勉強して、家に帰ってから夕飯を食べて、合気道の稽古に行って、帰宅して風呂に入って。


 外に出て星を見るふりをしながら、シーナの明かりのついていない部屋をぼんやり見つめて。


 シーナに会いたいと思った。



 **




 夢を見ている。



 自分でもこれは夢なんだな、と分かっているのに見続ける夢は、もどかしくて。これは夢で嘘だと理解しながら、止められないまま、それを見ていた。



 夢の中の僕はもっと小さくて、ランドセルを背負っているくらいの年頃だった。

 それなのに、高校の制服じゃない大人っぽい服を着たシーナは、僕よりももっと高い目線で知らない誰かと話して笑っている。


 シーナ。


 僕が呼びかけても、こっちを見ようともしない。


 シーナ。


 肩をつかもうとしても、手が届かない。


 シーナ。


 知らない誰かと話しながら、僕に背を向けて、遠くに行ってしまう。


「シーナ……」


 自分の声で目が覚めた。


 部屋の中は薄明の朝日に満ちていて、夢の続きを見ているようだった。


 まだベットの上にいる現実の自分が、ちゃんと戻ってきていない曖昧な感覚のまま、床に足を下ろす。

 いつ置いたのか分からない写真立てが、本棚の手前の空いたスペースにあるのが目に入った。屈託のない顔で笑うシーナと僕の写真。


 2人とも小学生で、思えばあの頃はもっとシーナはお姉さんだった。身長も歩幅も、全然僕よりも大きくて。それなのに、いつだって誰よりも近かった。


 本棚の隙間に手をのばして、置いてあるタブレットの電源を入れ、アルバムを開く。


 僕が小学3年生の頃からの画像がここに入っている。必ず、シーナがどこかに写っていて、画面にいない場合はシーナが撮影をしていることが多い。


 これは僕とシーナのアルバムだ。


 青い大きな目でカメラを見つめるシーナ。

 今の僕が見ると、子どもの体で、とても華奢に見える。


 それが年を追うごとに身長が伸びて、手足も長くなって、気がつけば女の子の体になっていた。

 胸の膨らみも大きくなって。

 体全体が丸く柔らかくなって。

 そして、どんどん綺麗になって。


『雅樹』


 セーラー服で笑いかけてくれるシーナも、あと1年半の間だけ。


 もう少しで大人になってしまう。


 自分の1年半後は、想像もつかないくせに、シーナがセーラー服を着なくなって、大人になってしまう未来は容易に描けてしまう。

 そのシーナの隣に立つ僕の姿は、自分では想像もつかない。


 きっと高校生になって、制服姿で。


 そこまで想像して、止めた。

 大人と子どもの境界線が、はっきりとわかってしまう。


 考えたくない。それなのに、夢で見た少しだけ大人びた姿のシーナが胸に貼り付いている。


 夢の中のシーナの姿を消したくなくて、僕は鉛筆を手に取ると、目についたスケッチブックを開いた。





 ***




「なあ、雅樹。ここまで解いたんだから、褒めろよ」

「あー、すごいすごい。遠藤はすごいなー」

「やる気ねーなー」


 金曜日の昼休み。

 意外にも遠藤は真面目に休み時間ごとに雅樹のところにやってきては、出された問題集を一問一問解いていっている。


 いざとなったら、雅樹に投げ飛ばしてもらってでも、遠藤にテスト勉強をさせるつもりだった俺は、拍子抜けした。


 まぁ、遠藤がテストで必要最低限の点数を取ってくれればそれでいい。


「なあなあ、今日も大河の家で勉強すんの?」

「やってもいいけど……何も出ないぞ」

「普段と違う場所って、集中して勉強できるからさー」

「まあ、それなら」


 遠藤が黙って問題を解き始めたので、俺は自分の席に戻った。


 遠藤は雅樹の机の半分を使って、ノートに数式を書き出している。その横で、雅樹は鉛筆で書いては消してを繰り返している。


 今朝から、雅樹の様子がどうも変な気がする。別にいつも通りと言えば、いつも通りなんだけれど。

 時々、天野の席に近付いては、スケッチブックをのぞいている。


 天野は昨日と変わらず、授業中でも休み時間でも、ずっと絵を描き続けている。その集中力は、正直羨ましいとすら思えるほどだ。

 あれだけの集中力が俺にあれば、バスケだってもっと上達しそうだ。


 ただ、描いている絵がシーナさんはともかくとして、実の姉の姿ばかりというのは、ちょっと、嫌だ。

 天野としては“モデルにしたいおねえさん”なんだろうけど。身内としては、かなり気恥ずかしい。


 昨日はすっかり天野のことを忘れていて、姉に言いつけることができなかった。今日こそは忘れないで言おう。あいつ、授業も受けず、テスト勉強も放り投げてずっとシーナさんとねえちゃんの絵を描いてるぞ、と。


「……まさか」


 そこで俺は急に気がついてしまった。


 もしかして、雅樹は天野の沼に引き込まれているんじゃないだろうか。


 俺は席を立って、遠藤のノートを覗きこむフリをして、雅樹の鉛筆が描くものを確認した。







( ;´Д`)サブタイトルの末尾の数字部分を(1/3)から①に変更します。

投稿済みの方は、順次書き換えていきますので、よろしくお願いします。

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