表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/101

28・水面に石/テスト前の木曜日(2/3)

「え?着物?」

「そう。オレが近づいても全然気が付かないから、じっくり見られた。

 何?気になるなら見てくれば?」

「……うん、そうする。

 はい、じゃあ遠藤はあと1問解いて」


 問題集を開いて、トントンと指で叩いて示すと、「えぇ〜」と散歩を嫌がる犬のように、首をすくめて後退りした。


「はい、机貸すからここに座って。

 あと3分で解いたら教室にダッシュ」

「雅樹の鬼……!」


 無駄な抵抗をする遠藤の肩を大河がつかみ、僕が立ったばかりの椅子に無理やり座らせた。


「丸つけはしておくから、次の授業終わったらまた来て」

「スパルタの鬼……!」


 いやいや。

 絶対バスケ部の練習の方がスパルタだろう。大河がいつも言ってたし。


 青ざめた顔で、大河に見守られながら問題集に取り掛かる遠藤が、「雅樹が優しくない……!女子ども、騙されるな……!」とかブツブツ言っているのが聞こえた。


 それなら。


「勉強、女の子たちに見てもらったらいいんじゃない?」


 そっと遠藤の耳元で言ってやると、急に無言でノートに計算式を書き始めた。


「わぁ〜、遠藤すごいなぁ。勉強熱心だなぁ」


 適当に褒めてから天野の席に向かうと、遠藤よりも熱心な姿勢で鉛筆を動かす天野の背中が見えた。


 あれ?

 昨日までの腑抜けた天野じゃない。

 ロボットの絵を描いているんだろうか。


 最近思ったように絵の練習ができていない僕は、天野の熱心さに引き寄せられるように近づいていった。


 覗き込んだ机の上にあるノートサイズのスケッチブックには、着物姿のシーナが(えが)かれていた。


「え?」


 思考が止まる。


 天野の妄想でここまで描けるのか?


 僕でもシーナの浴衣姿を思い出して描けと言われても、ここまではっきりとは描けない。


 それに。


 なんで着物?


 突然の情報量の多さに、僕は動きが止まった。


 止まったまま、天野の鉛筆が動くのを見ていて、さらに困惑が増した。


 シーナの隣にいるのって、悠河さんじゃないのか?


 え?なんで2人?


 天野って悠河さんを知っていたっけ?


 決して上手だとは言えないのに、熱意だけはありありと分かる天野の線は、どんどんとシーナと悠河さんの2人を創り出していく。


 すごい。


 思わず唾を飲み込む。


 天野の絵に圧倒されていると、後ろの方から、「雅樹!解いたぞ!また後でな!」と叫ぶ遠藤の声にハッとした。


 振り返って自分の席の方を見ると、遠藤が教室から走り出て行く後ろ姿が見えた。


 廊下から「遠藤、走るなぁー!」と男の先生が怒鳴る声が聞こえた。


 僕は棒立ちになったまま、天野の絵に呑まれていたことに気がついた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 呆然としたまま、僕は自分の席に戻った。


 その後の授業は、ほとんど覚えていない。


 頭の中は、天野が描いた絵のことでいっぱいだった。


 どうして天野の描いた絵の方が、シーナだと思った?


 僕の描いたシーナの絵は、何が足りていないんだ?


 土田先生のように上手くなればいいと思っていた。でも。

 天野の絵は上手じゃなかった。

 体のバランスも、着物の描き方も、そんなに上手くなかった。


 それなのに、シーナの表情が、シーナだった。


 僕はその感覚を言葉にまで落とし込むことができないまま、混乱した気持ちで休み時間を迎えた。



 *



 休み時間を知らせるチャイムが鳴り響く。

 先生が教室を出て、ざわつき始めたクラスの中、遠藤が解いた問題に丸をつけると、心を落ち着かせながら僕は大河に聞いてみた。


「天野と悠河さんって、知り合いなのか?」


 唐突な僕の質問に、大河はゆっくりと首を傾けながら、不思議そうな顔で答えた。


「え?知り合いじゃないと思う……けど、なんでだ?」

「天野がさっきの休み時間に描いていた絵が、着物姿のシーナと悠河さんだった」

「姉ちゃんの?着物?」


 すると急に腑に落ちた様子で、「ああ」と言った。


「着物なら姉ちゃんのバイト先で会ったんじゃないか?」

「シーナも?」

「え?」

「シーナと悠河さんの2人を描いていた」

「え?」


 今度は怪訝な表情になると、眉間に皺を寄せて腕を組んで考えこみはじめた。


 するとそこに遠藤が走り寄ってきて、僕の持つノートに指をさすと、「お!まるだ!やるな、オレ!」と元気に言うので、そっと新しい問題集を開いて「5分でこれ」と言って大河の席に座らせた。


「鬼!雅樹の鬼!」

「……姉ちゃんのところでバイト始めたのとか、聞いてないけど。

 シーナさん、接客とか嫌いだろ?」

「うん。変なのが寄ってくるから、悠河さんと同じ仕事とかしなさそうなんだけど」

「おい!無視するな!」

「遠藤。それ解けなかったら、昨日断っていた子を探して呼ぶから」

「やめて!!雅樹、それはヤダ!」」

「とりあえず、天野に聞いた方が早いんじゃないか?」

「うん、そうだよね。そうする。聞いてみるよ」


 大河を遠藤の見張りに残して、僕は心臓がドキドキと早鐘を打つのを感じながら、天野の席に近付いていった。


 天野はさっきと同じ姿勢で、鉛筆を静かに走らせている。

 新しいページに、新しい絵が描かれていた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 僕は、声が震えないように気をつけながら、天野に声をかけた。


「なあ、天野。それ、シーナだよな?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ