28・水面に石/テスト前の木曜日(1/3)
「……よし。ようやく、終わったぁ〜」
廊下のロッカーを開けて、安堵のあまり声が出た。
昨日の放課後、立て続けに3人の女の子に告白をされて、それぞれに断りの返事をした。
もうそれだけで疲労困憊だ。
部活に行ってもうまく集中することができず、スケッチブックには、まとまりのない鉛筆の線が散らばっただけだった。
それでも夜に合気道の稽古に行くと、少し持ち直せた。いつも通りに体を動かして一晩眠れば、朝にテスト勉強ができるくらいには回復した。
でも、また告白の呼び出しをする手紙が来るんじゃないか、そう考えただけで学校に行くのが面倒になった。
結果は靴箱にも机にも、当然ながら鍵をかけておいたロッカーにも、手紙も何も無し。
思わず声が出ても仕方ない。
ちゃんと小声だったし。
そのまま脱力して、ロッカーにもたれかかっていると、後ろから声がかかった。
「おつかれー。モテる男はつらいな」
振り返ると廊下の窓ガラスを背に、逆光でも爽やかに笑うバスケ部の遠藤が立っていた。
「……遠藤くんほどじゃないよ」
「まさかまさか。雅樹ほどじゃないから」
なんとか立ち直りそうだった気力が再びゼロになった。
僕が好んで告白されまくっているんじゃないんだと知っている奴なのに。一瞬で苛立ちが湧き上がった。
「今、イラッとしたんだけど」
「うん、そんな顔してる」
しれっとした顔で返され、思わず無言になった。
「そんなに怒るなよ」
「怒ってない」
「……遠藤、お前の口の悪さ、そろそろ自覚してくれ。
おはよう、雅樹」
遠藤と話すのが嫌になりかけたところで、教室から廊下に出てきた大河が声をかけてくれた。
「おはよう、大河。
なぁ、遠藤くんって誰にでもこんな感じなのか?」
「あー、悪い悪い。昨日から雅樹の反応が面白くて。ちょっかい出しすぎた。
あと、呼び捨てでいいよ。なんか『くん』付けされるとむず痒い。
でさ、雅樹、勉強教えてくれねーかな?」
「は?」
「……遠藤、話しの順番もタイミングも最悪だ」
呆れた顔で大河が遠藤の方を指さして言った。
「こいつ、バスケ部のレギュラーなのに、毎回テスト結果が残念なことこの上なくて。
中間テスト明けに秋の新人戦があるのに、補習になったら練習もできないっていうのに……」
「そうなんだよなー。毎回オレなりに頑張ってるんだけど、点数伸びないんだ」
「頼むからバスケやるためにテスト勉強やってくれ……!」
「ってことで、成績のいい雅樹くんに教えて欲しいんだぁ〜」
眉間に皺を寄せ、目で殺しそうな勢いの大河に睨まれながら、遠藤は頬に両手をあてると、にっこりと笑って僕に言った。
……勉強、教えたくないなぁ。
それがそのまま顔に出ていたのか、遠藤は真剣な表情になると、僕の肩に腕を回して耳打ちした。
「今日からテスト明けまでは、呼び出しがあったらオレの勉強を見るから無理って断っていいぞ。
オレも下手に寄ってこられても困るから、休み時間ごとにこっちに逃げたいし」
「……遠藤く…、遠藤もまだ呼び出されてるのか?」
「なんかあやしげな感じがするのが何人か……。違うならそれでいいんだけどな。念のため」
少し体を離した遠藤と近い距離で見つめ合うと、2人同時にため息が漏れた。
「……なんか、遠藤も大変なんだな」
「雅樹ほどじゃないけどな。それなりに大変かな」
僕と遠藤は固い握手を交わした。
それを大河が冷めた目で見ながら、「お前ら、学年男子の半分くらいには刺されそうだな」と、不穏なことを呟いたのが聞こえた。
いや、それ、理不尽の極みだから。
あ、でも来たら合気道で対処すればいいか。
ちなみに、遠藤を守るつもりはないけど、コイツなら走って逃げ切りそうだなと思った。
*
遠藤は朝に言った通り、休み時間ごとに僕と大河のいるクラスに通ってくるようになった。
「……なぁ、雅樹。
今度の試験って、中学2年生の2学期中間テストで合ってるよな」
「うん、そうだね」
「……なんでオレ、中1の数学やってんの?」
昼休みになって、大河がバスケ部後輩の1年生たちから借りてきた問題集を前に、遠藤は文字通り唸って問題を解いていた。
「基礎ができてないからだろ」
「やめろ。大河が真実を言うな」
「バスケだって、ドリブルできない奴は速攻できないだろ?」
「くっ……正論すぎて何も言えねぇ!」
試しに授業でやった小テストを遠藤にやらせてみたら、散々な結果だった。
「バスケに絡むことなら理解早いんだから、コツを掴めば大丈夫なんじゃないか?」
「雅樹……そのセリフは頭のいい奴が言うやつだぜ……!」
「いいから、問題解け」
「ちくしょう!せめて大河の脳みそくれ!」
「それならお前の身体能力をよこせ」
「無理!」
「じゃあ、俺も無理だ」
往生際の悪い遠藤は、なんだかんだと悪あがきをしつつ、問題を少しずつ解いていった。
「っし!どうだ!」
「1年前に終わってるはずのところだから、どうだと言われても」
「いいから、採点しろ!そして、オレを褒めろ!」
「面倒だなぁ」
受け取ったノートに赤ペンで丸をつけていく。僕が採点をしている間に、遠藤は席を立って同じクラスのバスケ部員に話しかけている。
「……もうバスケ部に勉強教えられるのは飽きたって言い出して。
雅樹が引き受けてくれて助かったよ」
席を貸していた大河が疲れ果てたように、椅子に座った。
「うーん、特に教える気はないけど、一緒に勉強するくらいなら」
「なんでもいい。とりあえずアイツを机に向かわせられれば、それでいい……!」
「大変だなぁ、大河」
採点まで済ませると、目ざとくそれを見つけた遠藤が戻ってきた。
「どうだ?!」
「80点。はい、こことここ。計算間違ってる。直して」
「えー?
うーんと。……はい」
「はい、正解。よくできました」
「っしゃ!褒められた!」
とりあえず、毎回適当に褒めればそれなりにやるので、案外大丈夫じゃないかなぁ。
次に解かせる問題集のページを開くと、やりたくない遠藤が無駄な抵抗をしてきた。
「こんなに真面目に勉強してるのオレだけじゃん。みんなすげーな。
あそこの奴なんて、ずっと絵を描いてるし」
「みんな普段から勉強してるんだ。ホラ、座れ、ここに」
「絵を描いてるって、誰が?」
思わず遠藤の無駄話に反応してしまう。昼休みに絵を描くようなクラスメイトなんて、同じ美術部の天野の他に誰かいただろうか。
天野は先週から廃人のように描いては消してを繰り返して、思い出したようにシーナに会わせろと僕に詰め寄ってきていた。
あれ?
そういえば、今日はまだ詰め寄られていない。
ふと思い出して天野の席の方に顔を向けると、「そうそう、あいつ」と、雑談を広げて勉強から逃げようとする遠藤が楽しそうに言った。
「着物姿のきれいな女の人たちを書いてるぜ」
( ;´Д`)……更新していない間に連載開始から1年経ってました。
これからもゆるっとお付き合いいただけたら、ありがたいです。




