27・天野(中2男子・美術部)は、ロボットよりも描きたい対象を見つける(2/2)
料理を運ぶシーナさん。
俺の前に飲み物を置いてくれるシーナさん。
着物の裾を乱すことなく歩き去って行くシーナさんの後ろ姿。
いつもなら光が広がるような金色の髪が、束ねられて背中に流れている。
とても良い!
「…………………ふーふー」
「……ちょっと、アンタ、なんでここでロボット描いて……ない、けど、え、さっきの仲居さん描いてんの?うわっ」
「あら、上手ね。ああいう子が好みなの?」
「お人形さんみたいに綺麗だもんなぁ」
美しく盛り付けられた色とりどりの皿にも視線を向けず、ひたすらに鉛筆を走らせる。静かに。静かに。
「これゴーヤよね?酸味のある味付けって初めて食べたわぁ。手が掛かってるわねぇ」
「なめらかぁ〜。何これ、胡麻豆腐ってこんなに美味しいの?」
「ほら、食べてから描きなさい。さっきの仲居さんがお皿を置けなくて困っちゃうよ」
「……食べる」
そうだ、シーナさんが運んでくれた料理だ。すごくレアじゃないか?それじゃこの料理も描いた方が
「そのスケッチブックにポン酢ぶちまけられたいの?」
地を這うような姉の低い声が耳元で聞こえた。俺は素直に箸を手に持った。
シーナさんが運んでくれた料理は、とても美味しかった。思わず笑みが浮かぶ。
「……うまぁ」
「まぁ、どうでもいいけど、元気になってよかったわ」
「何か言った?姉ちゃん」
「うんにゃあ。何も。ほら、いいからこれも食べなよ」
その後もシーナさんが注いでくれた水、シーナさんが運んでくれたデザートまで、すべて美味しくいただいた。帰り際にシーナさんに話しかけようとしたら、最初に案内してくれた綺麗なお姉さんに笑顔で拒否された。
「お仕事中だからね。ごめんねー」
「え、と、あの」
「ん?何かな?」
笑顔なのに、ものすごい圧を感じる。その圧を受けながら、俺は思った。
背の高さを遺憾なく発揮して、威圧してくるかっこいい着物姿のお姉さんもいい……!
高鳴る胸に導かれるまま、俺は気持ち的に一歩を踏み出した。
「今度おねーさんも描かせてくれませんか?!」
「え?」
「あの、俺、中学校の部活でシーナさんを描いていて、女の人の絵をまだ上手く描けないんですけど、ものすごく描きたい気持ちがあって」
「え?え?ちょっと待って、大河と同じ学校の子なの?」
どうやらこの綺麗なお姉さんは、同じクラスの大河のお姉さんだったようだ。
こんな奇跡があるだろうか。
シーナさんには雅樹から連絡が繋がる。
綺麗なお姉さんとは、弟の大河で繋がることができる。
本当に心から望んだことは、叶うんだ!
「お願いします!俺、もっともっと上手く人を描きたいんです!でも、全然まだまだ画力が足りなくて。
シーナさんとお姉さんなら、俺、何十枚、何百枚でも描ける気がするんです!お願いします!描かせてください!」
「えぇと、あの、ね」
「俺、天野っていいます!大河くんとは同じクラスです!返事は今すぐじゃなくていいんで、お願いします!」
右手をまっすぐにお姉さんに向けて差し出して、勢いよく頭を下げた。
「えええ〜……」
戸惑った声をお姉さんが出すと同時に、
「こんのバカぁ!!」
姉の罵声と共に、後頭部に強い打撃を受けた。
「夢中になると見境なくなる癖は、いい加減に直しなさいって言ってんでしょう!!
すみません、お仕事中に。
ほら、アンタも謝れぇ!」
「でも、ねーちゃん」
「でもじゃない。いきなり知らない男子中学生に描かせろと言われて快諾する女子なんて存在しない!」
「……たしかに」
イケメンでもなんでもないオタク感強めの見た目の俺が声をかけて、こんな綺麗なお姉さんが簡単に描かせてくれるわけがない。でも、描きたい。
しょんぼりと肩を落として、差し出した右手をゆっくりと下ろした。それがあまりにも哀れに見えたのだろうか。
お姉さんがためらいがちに、声をかけてくれた。
「あの、大河と同じクラスなん……だよね?」
「はい。美術部の天野って聞けばすぐに分かると思います。ロボットの絵、大河も褒めてくれたから」
「あ〜、そうなんだぁ。それでシーナも知ってたのかぁ」
右手の人差し指を軽く唇にあてながら、お姉さんが考えこむように視線を下に向けて黙った。
憂いをおびた着物姿はとても良い。伏せた目にかかる長いまつ毛が綺麗で、シーナさんと世界線の違う純和風美人のお姉さんに、初めて美しさのピースがぱちりとはまった感覚を覚えた。
やっぱ、描きたいなぁ。
「……やっぱり、お姉さんを描きたい」
無意識に出た言葉に、数秒遅れて恥ずかしさが襲ってきた。かかかっと顔面に血が昇るのを感じた。
何を。俺は。
気持ち悪い奴だと思われたら嫌だ。
さっきまではただ勢いだけで言えたのに。お姉さんが俺のことをどう思っているのか、考え始めたら、嫌われたくないと思った。
なんだこれ、何だこの感じ。
そわそわしているのに、楽しいだけじゃなくて、走って逃げ出してしまいたいような、へらへら笑ってしまいたいような、落ち着かない初めての感じ。
なんだこれ!
顔を真っ赤にしながら、もじもじとすることしかできない。
どうしていいのか分からなくて、隣に立っている姉に助けを求めた。
「……ねぇちゃ」
「あんた、まさか……あぁ、もうしようがないなぁ」
呆れた顔で口をへの字に曲げると、姉は、ほうっと息を吐いた。それからお店の着物姿のお姉さんに向き直った。
「あの、変な奴ですけど、人が嫌がることをするような弟じゃないんです。ただ、夢中になるものがあるとまっすぐなだけで」
「あ、いえ。私も似たようなところあるので、そういうのは分かります、けど……こんなに熱心にモデルになって欲しいとか、言われたことなかったので」
戸惑うお姉さんに、姉がプライベート用の名刺を渡して、後は連絡を待つということになった。
お姉さんはお見送りをしてくれたけれど、俺はもう直視することができなくて、ずっと着物の柄を見つめていた。
車に乗った後、姉が小さい声で「まぁ、高嶺の花過ぎるけど、頑張りなさいよ」と言った。
俺は意味が分からないのに、何度も何度も首を縦に振った。
恥ずかしいのに、浮かれた気持ちが強くて、家に帰るまでの間、ずっとしゃべり通した。
天野の興味:ロボット→武田さんとロボット→シーナ(*変なスイッチ入る)→着物姿の美人なお姉さん=悠河
(*´Д`*)初恋はどこだろう?




