27・天野(中2男子・美術部)は、ロボットよりも描きたい対象を見つける(1/2)
今日もシーナさんに会えなかった。
ため息がこぼれる。
「天野くん?体調が悪いなら、保健室に」
「いえ、大丈夫です」
国語の森先生が不思議そうな顔をした。そして口を開けて、何も言わずに閉じた。
俺は教科書に視線を落とした。けれど、ひと文字も頭に入ってこない。
森先生の声を聞き流しながら、手に持ったシャープペンシルで、ノートの余白に簡単に線を引く。
ぼんやりとしたフォルムは、どうみても大好きなロボットと似ても似つかない丸い女性の輪郭で、そこに流れるような線を足せば、長い髪になった。
薄れていく記憶の中のシーナさん。
消えてしまう前に描き留めたいのに、土田先生のように見たままにえがけない。
どこかゴツゴツした線は、少し前までは俺の好きなものを描く、慣れたものだったのに。今は違和感だけが残る。
また知らないうちにため息が出ていた。授業中でも休み時間でも、意識はぼんやりとしてどこかへ飛んでしまう。
こんな気持ちは初めてで、どうしていいのか分からない。
雅樹に会わせて欲しいと何度も頼んでも、「僕も今週は一度も会ってないから」とあからさまな嘘をつかれてかわされてしまう。
あんなに毎日ぴったりとくっついて過ごしていたのに、会わないでいるなんて信じられない。
見慣れた美術室に降臨した女神。軽く髪を揺らすだけで、そこに美しさが宿った。後光のように煌めく金色の髪。瞼を閉じて、再び目を開けるだけで平静でいられなくなる青い瞳。
毎日のように描いていたのに、どうしてあの時まで気が付かなかったんだろう。あの美しさときっと今だけの輝きに。もうロボットを描いていても、心が踊らない。
あの柔らかな曲線こそ、まとっていた光こそ美しさの極限。
「せめてもう一度だけでも、直接見ながら描きたいなぁ」
食べた記憶も曖昧な昼休みに、気がつけば美術室に来ている。ここに来てもシーナさんはいないのに。
施錠されたままの窓から見上げた空は、硬い青色だった。
「行きたくない」
「何言ってんのよ!あんたがこの世に生まれてこれたのも、全部おとうちゃんとおかあちゃんが結婚したからなんだよ!」
「夕飯食べに行かないと、食べるものないんだから、早く支度しな」
「4人で予約したんだから、行こう。な?」
夏休み中から決まっていた両親の結婚記念日の外食に、なんとなく行きたくなくて、抵抗をしてみた。
予想通りに母からは高圧的に拒否され、姉には呆れた顔をされた。父だけが宥めるように声をかけてくれたけれど、どちらにしろ行かなければならないことが分かった。
出かけるくらいなら、ずっとペンを持って描いていたいのに。
頭の中にいるシーナさんをこの指先に少しでも降ろせるなら、夕飯なんていらない。
ぼんやりとした顔のまま、車に乗せられて、行きたくもない夜の外食に向かった。
「いらっしゃいませ」
奮発したのか、普段ならファミレスやチェーン店のラーメン屋がせいぜいの家族での食事が、その晩は少し高そうな和食の店だった。
背の高い綺麗なお姉さんが、前掛けをした着物姿で出迎えてくれた。
小さいながらも凝った造りの小さな門を潜ると、竹で囲まれた細道に出た。
歩くたびにしゃりしゃりと玉砂利が鳴る。
「だいぶ夜は涼しくなったわねぇ」
「お母さんたら、これだけ木があれば涼しいでしょ」
「本当にね。駅近くなのに、こんなに緑の多い店なんてないわよねぇ」
「戦前からの老舗だからなぁ。お母さん、よく知ってたねぇ」
「ふふふ、結婚20周年だもの。ちょっといいところで食べたいじゃない」
少しずつテンションが上がっていく両親と姉をうざいと思いながら、俺は黙々と足を運んだ。
頭の中はシーナさんのことばかりだ。
もう一度会いたい。
もう一度描きたい。
ショルダーバッグに小さなスケッチブックと鉛筆の入ったペンケースを入れてきたけれど、カタカタと行き場のない鉛筆の音だけが鳴っていて、ひどく惨めに思えた。
雅樹ならいつでもシーナさんに会えるのに。
ただ隣に住んでいるだけなのに。
ーーー雅樹の家に行ってみようか。
中間テストの勉強を一緒にしようと言えば、不自然じゃない。
唐突に閃いた思いつきに、我ながら名案だと家を出てから初めて浮かれた気持ちになった。
ひと目見られれば、それだけできっと何十枚と描ける。
それだけで、充分に
「ご予約の天野さま、お連れしました」
引き戸が軽やかな音を立てて、開いた。いつの間にか座敷にまで案内されていたようだ。俺は慌てて靴を脱ごうと上がりかまちに手をついて、腰を落とした。
すると。
「お客様、履き物はこちらでお預かりします」
聞き慣れた声がした。顔を上げるとそこには、夢でしか会えなかったシーナさんが着物姿で俺に手を差し伸べていた。
「し、シーナさん?!」
「……お客様、お預かりしますね」
驚いて名前を呼んだ俺を冷たい目で見た後、シーナさんは口元だけに笑みを浮かべた。
「……雅樹のお友だちくん?ここでは静かに。……ね?」
「はいぃ……!!」
着物姿を凝視しながら、こくこくと何度も頷くと、
「そう、いい子ね」
とだけ言って、シーナさんは俺と父の靴を手に、離れて行った。
「……あぁ、新しいスニーカー、はいてくれば良かった」
頬を上気させながら、魂が抜けたように上がりかまちにしゃがみ込んだ。
「え、アンタ、ストーカー?きもっ」
姉の暴言すら、俺にはどうでもよかった。
シーナさんに、会えた。
しかも、着物姿!!
( ;´Д`)一時的かもしれないけれど、書ける余裕ができたぞー!うわーい!(歓喜)
今日と明日の2話分投稿です〜。




