2.美しいものに手を伸ばしたくなる気持ちは分かるけど④
画面の中で胸ぐらをつかまれた雅樹くんが相手の手をとり、自分で回りながら体を落とす。
手をつかまれた相手は抵抗する間もなく、くるりとまわって床に仰向けに倒れる。
「あー、これこれ。へぇー、相手の手をここでつかんでいたんだ。ふぅーん」
「すげえな、合気道って」
「何度見ても、くるくる回ってるくらいしか分からなくて」
「まぁ見慣れないからなぁ」
シーナと雅樹くんが警察官に状況を説明している間に、私は古本屋の入ったビルのオーナーの部屋でくつろいでいた。
ちなみ、オーナーとは今日が初対面だ。
なんなら、さっきまで知らなかった。
しゅわしゅわと音を立てるペットボトルを傾けて、一緒にごくごくと喉を潤しているが、本当に初対面だ。
共通点はある。
それは、シーナが推しであること。
ペットボトルの中身を半分くらい飲み干して、ようやくひと心地ついた。
シーナが男に絡まれているのは、何度も見ているけれど、やっぱり慣れない。
ソファの背もたれにだらしなくもたれる。
パソコンが置かれたテーブルを挟んだ向かいのソファに座るオーナーに話しかけた。
「それにしても、まさかここのオーナーがシーナ見守りグループに入っていたなんて。知らなかった」
「はははっ。そりゃあ、いいことだ。今日までこの辺りでは、被害がなかったってことだからな」
量販店にありそうな普通のソファに座って、よく冷えた炭酸飲料のペットボトルを勧めてくれたこのおじさんは、古本屋のあるビルのオーナーであり、シーナのファンでもある。
なんでそんな人と知り合ったのかというと、私がスマートフォンで送信したグループメッセージのメンバーだったからだ。
あれはいつからだっただろうか。
シーナと一緒に行動しているうちに、時々知らない人から保護をされていることに気がついた。
たとえば、痴漢までには至っていないが、シーナに近づいて何かしそうな気配の男がいたとする。
その男が再びシーナの方に歩いて向かおうとすると、知らない男の人たちが囲んでどこかへ連れて行ってしまう。
「???」
なんだか知らないが、シーナを守ろうとしている人たちがいると、気がついた。
それは男の人であったり、おばちゃんであったり、お姉さんであったり。
いや、本当に誰なのかわからないくらいに多種多様だった。
それでもはっきりと何かあったわけではないので、シーナにも何も聞けなかった。
シーナ自体、気づいているのか分からないし。
悪意には敏感でも、他人のほんわかとした善意や親切に対して、思春期の私たちは気が付きにくい特性があるし。
それに、私が気がついたのは、なんというか、こう、同じような仲間の匂いがしたからというか……。
上手く言えないけれど、同志、のような。
そんなふうに、なんだか分からないけれど、何かいるという感覚を持っていた高校入学後の最初の日曜日。
中学生になった雅樹くんとシーナの3人で会った。
そして、私はようやく気がついた。
その時私たちは、こじんまりとした小さな喫茶店に入った。
学生でも無理なく通えるリーズナブルなお店で、少し小さいけれど、安くておいしいケーキが何種類もあるお店だった。
2つのケーキをお互いに食べ合いっこしている2人の仲良しなやり取りを、私はにんまりと目の前で見ていた。
高校生と中学生になった2人のやりとりを間近で見ていたので、心の萌えが抑えきれず、時々視線をそらしては耐えていた。
その何度目かの視線そらしをした時、気がついた。
シーナと雅樹くんを挟んで、私と向かい合うように座る隣りの席で、
「てぇてぇ……」
顔を覆いながらも、頬を染めているおっさんがいることを!
ーーーもしかして。
私には分かった。
あとは、同担拒否ではないのか。
その確認が必要だった。
しかし、それは杞憂だった。
萌え死にしているおっさんの隣に座っているサングラスのおばさんが、緩んだ口元を隠すようにコーヒーカップを鼻先に近づけるのを私は見た…!
仲間だ。
間違いない。
まさか、と思った。
私は注意深く、かつさりげなく見えるように、自分の隣の椅子に置いた鞄の中身を見るような雰囲気で、体の向きを90度変えた。
そして、鞄に手を入れながら、そっとシーナと雅樹くんの周囲を伺った。
ここは、店の角で、壁際の席だ。
シーナ・雅樹カプを見るなら、さっきのおじさんおばさんたちの席以外なら、ひとつだけある隣の席。
そこには、特に注意を払っていなかった。
なぜなら、隣りの席にはおじいちゃんと孫娘という2人組の客だったからだ。
本来なら、シーナをナンパしようとする男たちでなければ、警戒もしない。
しかし、私の中でシーナ推しの魂が囁いているのだ、
あいつらも、同じだ、と。
顔を上げると、そこには穏やかな顔をしながら、テーブルの下で拳を握りしめ、興奮を抑えきれないように上下させている老人の姿があった。
その老人の向かいの席に座っている孫娘らしき女の子は、口元を片手で抑え、耳が真っ赤になっていた。
ギルティ。
間違いない。シーナ推しで、シーナ・雅樹(雅樹・シーナかもしれない)が推しカプの同志だ。
その時の緊張感を私はきっと忘れないだろう。
仲良くなりたい……!
痛切に思った。
え?だって、この2人の組み合わせ最高じゃない?溺愛幼馴染カップルだし、金髪碧眼の美少女に黒髪清楚系の少年だよ?しかも成長期前の今から見守れるってすごいよね?すごいでしょ?しかももう一日だけでも見逃したら知らないうちに成長感じちゃうような少年期に入った中学1年になりたてなんておいしい時期でしかない。そこにひとつひとつ愛を感じさせるシーナの絡みが常にあるんだから、とりあえず毎日誰かと言祝ぎ続けたいよね。ひとりだけでこの萌えとしかいいようのない感情を抱えて生きていくのマジ無理(以下略)
そういうわけで、私はシーナたちが帰った後、店内にもう一度戻り、仲間を得たのであった。