24・アオハルの渦中はそれなりに大変(3/3)
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「はい、シーナさん、着いたよ」
「……うぅ、雅樹に会いたいぃ」
「もう今日はダメだよ。はい、車から降りて」
子ども向けの絵画教室で時間の取れない土田先生に変わって、シーナさんを秋祭りに連れて行った。けれど、ここまで先生の予想通りになるとは。
ーーー1時間くらいなら大丈夫だけど、雅樹くんに会ったらすぐに帰ることになると思うわよ。
あの人、画家のふりをして魔女なんじゃないだろうか。年齢も30代半ば過ぎてるのに、旦那さんの土田さんと同じ20代後半にしか見えないし。
笑顔で断ろうとしたら、「家庭教師と絵画教室のモデルと手伝いのバイトだけだから、時間に融通がきくでしょう?」と押し切られた。つくづく画家じゃなくて経営者側になればいいと思う。
ただ、ここまでシーナさんが崩れるのは、予想外だった。
腰が抜けたようにグスグスと泣きながら動こうとしない。このシーナさんをどうやって車から出せばいいんだろうか。しばらく待ってみようと思い、開けたドアに片手を乗せたまま、話しかけた。
「ねえ、シーナさん。さっきの雅樹くんっていうのがシーナさんの好きな子?」
「……うぅ、そう、です」
「何歳?」
「じ、じゅう、ひっく、よんさい、でふ」
後部座席に置きっぱなしの箱ティッシュをシーナさんに差し出す。
「14歳かぁ。……自分がその年ぐらいだったら、シーナさんはすごいお姉さんの感じがするよね」
「で、でも、ま、雅樹とは、ずっ……うぅ、ずっと一緒で」
「ずっと一緒でも、綺麗なお姉さんだと……14歳だったらなぁ。ちょっと動揺しちゃうよね」
あの頃の自分には、そんな色恋沙汰に心を分ける余裕はなかったけれど、逃げるように混ざっていたクラスメイトの集団では、そういう会話が飛び交っていた。漫画雑誌のグラビアとか、そういう可愛らしいものだったけれど。
「でもその可愛らしいものでも、充分に刺激が強い年頃だったしなぁ……」
嘆息して、未だ動けないシーナさんを見下ろす。
うん。これはアウトだ。むしろ暴力的と言っていい。
肩と腕が透けて見える上に、服の構造上どうしても胸に目が行く。しかも、どう見ようが大きい。
その上顔が可愛いから、近づかれたらどうしていいかわからなくなるだろう。
まだ自我と育った環境の折り合いがつかない年頃の14歳。薄い肩に成長途中の未完成な体。
さっき、ちょっとだけ会っただけの雅樹少年の肩を抱いてやりたいような、妙な年上ぶった気持ちが湧き上がってきた。とは言っても、もう会うこともないだろうけど。
腕時計を見ると、すでに5分以上経っている。あまり泣き崩れたシーナさんを外から見えるところに置いておくべきではない。
一瞬迷ったが、このままだとキリがなさそうだと思い、決断する。
「シーナさん、ちょっと我慢してね」
一応の断りを入れてから、座席に座ったままのシーナさんの背中と膝下に腕を差し入れる。
「よっ……と」
「きゃっ!」
「玄関入ったところの椅子に下ろすから」
横抱きにしたまま、飛び石の並ぶ通路を歩き、絵画教室の看板が掲げられたドアの前に立つ。泣いているせいか、抱き上げた体が熱い。少しだけ屈んでドアノブを掴んで開ける。
「はい、下ろすよ」
声をかけてから、近くの椅子にゆっくりと下ろした。
背もたれにシーナさんが寄りかかるようにして、両手で顔を覆っている。隠れていないところの顔と耳が真っ赤になっているのが見える。赤面すると白い肌だと目立つなぁと思った。
「それじゃあ、車の鍵をかけてくるから。動けるようならリビングに行ってね」
「……はぁい」
手をあてたままシーナさんが返事をしたので、外に出てドアを閉めた。ふと、視線を感じてバラの生垣の向こうにあるサンルームの方に顔を向けると、絵の具でカラフルになった両手を頬にあてている女の子たちが見えた。
「かっこいい……!」
「土田先生!今のお姫さまだっこだよね?わたしもやってもらいたい!」
「いいわよ〜。描き終わってお片付けも全部終わったら、ね?」
本人の了承無しに、美魔女の土田先生がにっこりと笑っている。
うん。土田夫人と呼ぼう。先生って感じじゃないな。あの人。
「バイト代追加しますよ」
「帰ってくるの早かったじゃない。これでちょうどよ」
ふふふと艶やかに笑う土田夫人を見て、アデージョ土田って呼んでみようかと反抗心が芽生えた。
言った瞬間、ヒールで刺されそうだなと思ったのでやめた。
「シーナさん、さすが土田夫人のお気に入りだけあるなぁ」
口元が見えないように背中を向けてから、小声で呟いた。
あの土田夫人と並んでも引けを取らない年上の綺麗なお姉さんに、幼馴染でぐいぐい来られたら………。
やっぱりちょっと刺激が強いと思う。
晴れた青い空を見上げると、引き延ばされた綿飴のような薄い雲が見えた。ふいっと、トンボが視界を横切った。つがいあったままのトンボが混ざっていた。
それを見て、シーナさん、元気になったらまた雅樹くんのところに連れて行けって言いそうだなと思った。早くおともだちの悠河さんが来ればいいのにと思いながら、開きっぱなしの車のドアを思い切りよく音を立てて閉めた。




