23・あなた誰ですか(2/3)
「こ、こんにちは……。
あの、すみません、あなた誰ですか?」
あまりにも普通すぎて、戸惑うしかない。
この年齢でシーナの隣にいられる男性って、初めてすぎてどうしていいのか分からない。気がつけば直球で質問してしまった。
「えーと、土田先生の絵画教室で、シーナさんと一緒にモデルのバイトをしているんだけど……もしかして、悠河さんですか?」
「え、あ、はい。そうですけど、なんで知ってるんですか?」
誰なのか分からない。それなのに相手は私のことを知っているって、ちょっとしたホラーなんだけど。
私が警戒したのをすぐに感じ取ったのか、その男の人は口元に笑みを浮かべた。それが嫌味じゃなくて爽やかに見えるから、余計にやりにくい。
「俺は大隈研吾です。以前から土田先生……マダムの方ね。その土田先生にお世話になっていて、週末にはポーズモデルをやっているんだけど、シーナさんから話を聞いていたから、そうかなって」
「そうですけど、なんで今シーナと一緒にいるんですか?」
思わずジト目になってしまう。
下心が無さそうなふりをして、シーナを連れ回しているんじゃないだろうかと疑ってしまう。
でも。
さっきのシーナを見て、私と同じようにやばいと思える人なら、たぶん、大丈夫じゃないかと思い始めている。
「うん、どうしても雅樹くんに会いたいって駄々をこねられて。
マダムも折れたくらいのゴネ具合ですごかった」
「あー、それで見張りというかお目付役で来たんですね」
「うん。まさか教室以上の状態になるとは思わなかった」
はははと死んだ目で笑っている。
うん、この人は大丈夫だ。
なんとなくだけど、シーナに固執しそうな感じがしない。
一番先に大丈夫か確認しないといけない案件が片付いたので、次に大丈夫じゃない案件に取り掛かることにした。
「大隈さんに連れてきてもらってよかったね〜」
できるだけ冗談っぽく言ってみる。
「ね、シーナ?」
「………ま、雅樹に、嫌われたぁ〜!!」
頭に薄手のパーカーを被せられたままの状態で、シーナがボロ泣きしていた。
うん、こっちは大丈夫じゃないな。
「あー、うんうん、そんなことはないと思うよ?」
パーカーを頭から取ると、髪がぐしゃぐしゃになったシーナが顔もぐしゃぐしゃにして、泣き続けた。
「だって、だって、今まで雅樹に触ろうとして、拒絶されたことなかったもん。
う、腕を取ろうとしたら、ふ……!い、嫌がったんだもん〜!!」
あー、それはシーナを意識し始めたんじゃないのかなぁ〜って、少女漫画マイスターの私は邪推しちゃうんだけど、それは言えない。
シーナ見守り隊の人たちも、シーナと雅樹くんのカップリングが至上だと断言しているけれど、恋に関しては絶対に関与しないルールがあるって言ってたし。
どおりで武田さんに誰も接触しようとしないんだなーって、改めて見守り隊の規律が守られているんだなぁって、感心したもんですよ。
なので、それは言わないようにして、と。
「うんうん、雅樹くんに触れなかったんだねぇ〜。
いいよー、シーナ、私に泣きついてくれるようになってくれて、とても嬉しいよ」
「悠河のばかぁ〜!他の人に泣きつけるわけないじゃないのぉ」
「あー、たまのデレがたまりませんなぁ」
ぽすぽすと、シーナの頭を撫でると、もっと怒られた。
それを見ていた研吾さんとかいう人が、「いつまでもここにいるわけににもいかないから、一緒に土田先生のところに行く?」と聞いてきた。
「うーん、でも荷物も弟も置いてきちゃってるんで」
「悠河ぁ〜!!雅樹、怒ってないかな?あの子と……武田さんと、どこかに行っちゃってないかな……」
青い目からポロポロと、大粒の涙が次々と落ちてくる。シーナの目が溶けてしまいそう。
さすがにちょっと可哀想になってきた。私から見たら、全然雅樹くんがシーナを嫌っていないとわかるんだけど。
「ん〜、それじゃあ、今夜ミセス土田のところに泊まりに行っていいか聞いてみて。
そしたら、シーナの話聞いてあげられるよ?あと、これから戻って雅樹くんの様子見てこられるし」
「うっ、ううぅ、お願い、悠河ぁ……」
ぐずぐずと泣き続けるシーナの肩を抱いて、静かに車のドアを開けてくれた研吾さんに軽く頭を下げる。
「この状態のシーナを外に出しておくわけにもいかないので、すみませんがお願いします」
「うん、さっき俺も雅樹くんには軽く挨拶したんだけど、悠河さんからも言っておいて欲しいな」
「雅樹くんに挨拶してたんですか?あー……、あんな一瞬では、うん、そうか。そうですね。私もよく知らない人だけど大丈夫だって言っておきます」
すると、虚をつかれたのか、研吾さんはきれいな目を大きくぱちくりと瞬かせた後、笑った。
「知らないけど大丈夫って。
ひどいなぁ」
その笑い方がシーナと同じくらいにきれいだったから、私は心の中で(雅樹くん、がんばれ!)とエールを送った。




