2.美しいものに手を伸ばしたくなる気持ちは分かるけど③
(*´ー`*)悠河の回想、ちょっと重め
***
シーナは中学生になってからの友人だ。
今でこそ、「悠河」、「シーナ」と気安く呼び合っているけれど、初めてシーナを見た時は、友人になれるなんて思いもしなかった。
入学式の日、金髪碧眼の美少女がいるという噂はあっという間に広がった。
まだ一度も染めたことのない黒い髪の集団の中で、シーナの絹糸のような光をまとった金髪は良くも悪くも視線を集めた。
顔立ちもうっすらと日本人が入っているだけで、二次元の美少女よりも浮世離れした美しさだった。
あることがきっかけで、シーナと友人になり、周りもシーナのキャラに気づいてからは女の子だけで集まるようになっていった。
「うわぁ、百合好きにはたまらんよ……」
「悠河がたまに何を言っているのか分からないんだけど」
「気にしないで。シーナはそのままでいいから」
「変なの」
屈託なく笑うシーナは、本当に天使だった。
その天使が毎日毎日双眼鏡で見張っているのが、鼻水でも垂らしていそうな小学生男子。
「……ねぇ、シーナ」
「今、話しかけないで。雅樹が持っているのは……うーん、今日は向こうの公園ね」
「ストーカーと言うべきか、残念キャラと言うべきか」
シーナは幼馴染の男の子に、首ったけだった。
なんなら、足の爪の先から頭の上まで、ずぶずぶに埋まっている。
弟みたいなものかと思って話を聞いていると、明らかに違う種類の好意だと理解した。
これだけどっぷり惚れ込んでいると、ワンチャンあるかもと邪な思惑で男子が近づいて来ても、言葉だけで切れ味鋭く一刀両断して終わりだった。
何人もの屍を見ても、まだいけると思う無謀な勇者という名の馬鹿も、シーナの冷たい視線と、マイルドに言い換えると「雅樹を侮辱することだけにしか知能を使えないクズ」扱いされることで、散っていった。
若干、変な悦びを見出す奴もいたけど、まぁ、服従したし、忠誠心高いし、いいかな。
そんなシーナがある日の放課後、知らない男の車に連れ込まれそうになったと、後から知った。
その日は用事があったので、シーナと一緒に帰れなかった。
シーナが変な人に絡まれることがあっても、みんなで大声をあげたり、一緒に逃げたりして、「変態ざまぁ」と笑っていた。
それ以上のことになったことは、私が一緒の時にはなかった。
まさか、そんな恐ろしい目に遭ったなんて。
男性からの性的被害と一言でいっても、言葉によるものであったり、身体的接触であったり、とても簡単に一言にはまとめられない。
そこで受けた心の傷も、傷ついたと自覚するまでに長い時間がかかったりと、生ぬるいものは何ひとつない。
私も、部活動で嫌だなと思った指導を受けていた。
走ることが好きだからと、陸上部に入ったのに、そこにやってくる外部のコーチが、指導と言っては体を触ってきた。
「ここに力が入っているから、最初の力が出ないんだぞ」
偉そうな口調で、薄いジャージの上から触ってくる手が気持ち悪かった。
先輩たちも同じことをされても黙っているから、そういうものだと思った。
だから、これは指導なんだと思っていた。
けれど、そうじゃなかった。
「気持ち悪い。
触らないで。
口で言えば分かるように指導できないの?
それでコーチだなんて恥ずかしくないの?」
クラスのリレー練習で、放課後一緒にグラウンドを走っていたシーナが、コーチにキレた。
金髪碧眼の儚い雰囲気のある中学生のシーナが、ジャージで走っているのだ。
コーチが手を出したくなったのも今なら分かる。
けれど、シーナがコーチにキレたところを見て、初めて「これは不快だと思っていいんだ」と、気づいた。
コーチがしていたことは、セクハラだ。
私は顧問をしている教師と、仲の良かった美術の土田先生に相談をした。
学校側の対応は早かったが、コーチを支持していた先輩たちと意思の疎通がうまくいかなくなって、私は陸上部を辞めることにした。
中学では部活には入らなければならなかったから運動部は避けて、シーナと同じ文芸部に入った。
だから、学校の帰りはだいたい一緒だった。
それなのに、私を救ってくれたシーナを私は、その時守ることが出来なかった。
誘拐未遂事件のころから、シーナが笑うことが減っていった。
そして、以前から強かった雅樹くんへの依存が強くなって、不安定になっていった。
一緒に本を読んでいても、頭の中は別のことをぐるぐると考えているのがわかった。
かつての自分を見ているようで苦しかった。
それでも、何をしてやればいいのか分からなくて、ただそばにいた。
そのシーナが少しずつ、元に戻っていったのは、雅樹くんのおかげだった。
あの事件で、精神が不安定になったのは、シーナだけじゃなかった。
シーナを助けるために、車をぼこぼこにした雅樹くんも同じだった。
不安定な2人が、互いを支えにしてそのまま潰れてもおかしくなかったのに。
雅樹くんは、事件の翌日から合気道を習い始めたそうだ。
高校受験が始まる前に、誰もいない教室で、なぜかシーナと2人だけでそんな話をしていた。
ぼんやりとした暖房の空気の中で、シーナは嬉しそうに言っていた。
「あの時、雅樹はね、わたしを守る力がないからって、泣いてたの。
それなのに、次の日には、道場に通い始めたって。
力がなくても、シーナを守れるようにできることをするって」
話しながら、ぽろぽろと、涙を流すシーナは幸せそうだった。
その目には、強い光があった。
「だから、わたしも、力をつけようって。
変態が寄ってくるのは、仕方ない。
でも、それに逆襲できるだけの、力をつけようって」
その時、シーナが巻いていたマフラーの模様と、自分が手に握り締めていた手袋の感触を今でも覚えている。
シーナと雅樹くんは、相手のために、強くなることを心に決めた。
その2人を私は心から尊敬した。
それは、今も、変わらず。
レジを終えて2人のところへ向かおうとすると、見知らぬ男たちがシーナに絡んでいた。
私はスマートフォンを急いで操作する。
その間にも、男はシーナに何か言っている。男は手をのばして、シーナを捕まえようとする。
私のスマートフォンが手の中で振動する。
少しだけ、画面を注視して指先を動かす。
送信を終えて、顔をあげると雅樹くんの頬に血が流れていた。
怒った様子の男が、雅樹くんの胸ぐらをつかむ。
華奢な体が白いシャツごと引っ張られる。
危ないと思う間もなく、男の手を雅樹くんがつかみ、くるりと雅樹くんが体を落としながら回転すると、男は悲鳴をあげて床に背中を預けて倒れていた。
もう一人の男が慄いたように、後ずさる。
男の痛みに呻く声が、床を這って私の近くまで届いた。
男の悲鳴「ヒャッハァ!」
男の呻き声「ヒャー……ハー……」
(*´ー`*)たぶん、こんな感じ。