22・魔王襲来(2/3)
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無我夢中でシーナさんを描いた。
最初に頭から足の先までのおおまかな線を描く。
それから目をこらして、細部を描く。
見つめて、理解して、鉛筆の先から、紙に落とす。
描きながら思った。
ーーーこの人、私と似ている。
視線の先にいる人すべてに必要とされたい。
ひとりにしないで。
わたしを見て。
そう叫んでる。
・・・・・・・・・・・・
尖った鉛筆がすべてなくなって、線の太さに眉をしかめて顔を上げた時、もうシーナさんは美術室にはいなかった。
ため息を吐いて、自分の中で巻き起こった感情に戸惑った。
[雅樹せんぱい]
[好き]
[付き合って]
[私だけのもの]
[そばにいて]
[ずっと優しくして]
[私だけを見て]
この感情は、恋のはずなのに、鉛筆を持った私たちに向けたシーナさんの視線と同じだった。
『みんな見て』
『わたしを見て』
違う。
私の雅樹せんぱいへの気持ちは、あんな気持ちとは、違う。
ぐるぐると頭の中で、告白をした時と、その後のシーナさんが、繰り返し出てきて、そのたびに心に引っかかる。
『雅樹を傷つけたくないから』
『だから、雅樹が食べずに済んだのなら、言うつもりはないの。雅樹が傷つかないなら、わたしがお腹を壊すくらい、どうでもいいし』
あの時に直感的に思ったのが、シーナさんは、雅樹せんぱい以外のすべてのことは、どうでもいいと切り捨ててしまうだろうということだった。
その切り捨てる対象にはシーナさん自身も入っていると思った。
自分の身を削っても、傷つけても、どうでもいいと言ってしまえる人を、私は知っている。
麻里衣お姉ちゃんだ。
彼氏を繋ぎ止めるなら、なんでもしていた。
ご飯を食べなくても、それで彼氏が心配して家に来てくれるならと、自ら進んで自分の体を壊していた。
お姉ちゃんが死んじゃう。
そんな恐怖を感じてから、私はお姉ちゃんの機嫌を損ねないように、神経を使った。
友だちが離れていっても、異質なものを見るように見られても、お姉ちゃんが生きているなら。
お姉ちゃんの言うことなら、聞くから。
彼氏が来たら、妹の私は拗ねたふりして、家から出て、遊びに出かけるから。
ふたりきりにしてあげるから。
だから、笑っていてお姉ちゃん。
そう思っていたけど。
お姉ちゃんと似たようなことを言ったシーナさんを見て、怖くなった。
何か違う。
お姉ちゃんの言っていることは、違う。
描き終えた絵を眺めながら、ぼんやりと考えた。
私は雅樹せんぱいが好き。
優しいから。
かっこいいから。
いつも私の目をちゃんと見てくれるから。
これは、恋?
お姉ちゃんは彼氏が来ると、すぐにぴったりとくっついて離れない。
シーナさんも、雅樹せんぱいにくっついている。
お姉ちゃんは彼氏に恋している?
シーナさんは、雅樹せんぱいに恋をしている?
恋って、何?
私を見てって思うのは、恋?
それじゃあ、さっきのシーナさんは、みんなに恋していたの?
違う。
あれは私だ。
お姉ちゃんに気に入られたくて、そして、本当は友だちとも仲良くしたくて、お父さんお母さんにも愛されたくて。
ひとりにしないで。
私を見て。
それはシーナさんと私の共通点。
同じ気持ちを抱えている。
でも、それは恋じゃない。
だって、誰でもいいわけじゃない。
雅樹せんぱいじゃなきゃ嫌だって思う気持ちが強いから。
・・・・
放課後に、雅樹せんぱいのクラスメイトの先輩たちに呼び出された。
この人たちも、雅樹せんぱいじゃなきゃダメだって、譲れない気持ちを抱えているのかな?
でも、ひとりじゃなくて、集団で来ている。
その気持ちは、あなたひとりの気持ちじゃないの?
恋って、他の人と共有する気持ちなの?
そう思ったら、無性に腹が立ってきた。
気がついたら、苛立った声で答えていた。
「……雅樹せんぱいとシーナさんは、付き合ってません。
そうなるかもしれないけど、それと私が雅樹せんぱいを好きな気持ちは、ぜんっぜん、関係ないです」
そう。関係がない。
私がシーナさんと同じ部分を抱えていると気がついても、お姉ちゃんとシーナさんの似ているところに気がついて怖くなっても。
私が雅樹せんぱいに惹かれる気持ちとは、なんにも関係がない。
シーナさんがいてもいなくても、私は雅樹せんぱいが好き。
これが恋なのかどうか、はっきりと判断できるものが何なのか、全然分からないけれど。
会えたら嬉しい。
話しかけてもらえたら、それだけで幸せ。
この気持ちが特別なものだっていうことだけは分かるから。
雅樹せんぱいが好き。
それは間違いのないこと。
それは私だけの大事な、大事な気持ち。
それが、恋だと思う。
でもどうすれば、この恋を叶えられるのかとか、どうすればいいのかとか、迷うことばかりなんだけど。
思い浮かべるだけで、湧き上がるこの気持ちを大事にしたいから。
だから、お姉ちゃんの言っていたことも、シーナさんが言っていたことも、全部リセットして、もう一度自分の気持ちと向き合ってみよう。
そう思った。
そう思ったら、雅樹せんぱいにキスをしていたシーナさんを思い出して、顔が真っ赤になって、イライラしてクッションに八つ当たりをしてしまった。
そして、落ち着いてくると、雅樹せんぱいとキスをしている自分を妄想して、もっと顔が真っ赤になって撃沈した。




