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22・魔王襲来(2/3)




***




 無我夢中でシーナさんを描いた。


 最初に頭から足の先までのおおまかな線を描く。

 それから目をこらして、細部を描く。


 見つめて、理解して、鉛筆の先から、紙に落とす。


 描きながら思った。


 ーーーこの人、私と似ている。


 視線の先にいる人すべてに必要とされたい。

 ひとりにしないで。

 わたしを見て。


 そう叫んでる。



 ・・・・・・・・・・・・



 尖った鉛筆がすべてなくなって、線の太さに眉をしかめて顔を上げた時、もうシーナさんは美術室にはいなかった。


 ため息を吐いて、自分の中で巻き起こった感情に戸惑った。


 [雅樹せんぱい]


 [好き]


 [付き合って]


 [私だけのもの]


 [そばにいて]


 [ずっと優しくして]


 [私だけを見て]


 この感情は、恋のはずなのに、鉛筆を持った私たちに向けたシーナさんの視線と同じだった。


『みんな見て』

『わたしを見て』


 違う。

 私の雅樹せんぱいへの気持ちは、あんな気持ちとは、違う。


 ぐるぐると頭の中で、告白をした時と、その後のシーナさんが、繰り返し出てきて、そのたびに心に引っかかる。


『雅樹を傷つけたくないから』


『だから、雅樹が食べずに済んだのなら、言うつもりはないの。雅樹が傷つかないなら、わたしがお腹を壊すくらい、どうでもいいし』


 あの時に直感的に思ったのが、シーナさんは、雅樹せんぱい以外のすべてのことは、どうでもいいと切り捨ててしまうだろうということだった。


 その切り捨てる対象にはシーナさん自身も入っていると思った。


 自分の身を削っても、傷つけても、どうでもいいと言ってしまえる人を、私は知っている。


 麻里衣お姉ちゃんだ。


 彼氏を繋ぎ止めるなら、なんでもしていた。

 ご飯を食べなくても、それで彼氏が心配して家に来てくれるならと、自ら進んで自分の体を壊していた。


 お姉ちゃんが死んじゃう。

 そんな恐怖を感じてから、私はお姉ちゃんの機嫌を損ねないように、神経を使った。


 友だちが離れていっても、異質なものを見るように見られても、お姉ちゃんが生きているなら。


 お姉ちゃんの言うことなら、聞くから。

 彼氏が来たら、妹の私は拗ねたふりして、家から出て、遊びに出かけるから。


 ふたりきりにしてあげるから。

 だから、笑っていてお姉ちゃん。


 そう思っていたけど。


 お姉ちゃんと似たようなことを言ったシーナさんを見て、怖くなった。


 何か違う。

 お姉ちゃんの言っていることは、違う。



 描き終えた絵を眺めながら、ぼんやりと考えた。


 私は雅樹せんぱいが好き。

 優しいから。

 かっこいいから。

 いつも私の目をちゃんと見てくれるから。


 これは、恋?


 お姉ちゃんは彼氏が来ると、すぐにぴったりとくっついて離れない。

 シーナさんも、雅樹せんぱいにくっついている。


 お姉ちゃんは彼氏に恋している?

 シーナさんは、雅樹せんぱいに恋をしている?


 恋って、何?


 私を見てって思うのは、恋?

 それじゃあ、さっきのシーナさんは、みんなに恋していたの?


 違う。


 あれは私だ。


 お姉ちゃんに気に入られたくて、そして、本当は友だちとも仲良くしたくて、お父さんお母さんにも愛されたくて。



 ひとりにしないで。

 私を見て。



 それはシーナさんと私の共通点。


 同じ気持ちを抱えている。

 でも、それは恋じゃない。


 だって、誰でもいいわけじゃない。

 雅樹せんぱいじゃなきゃ嫌だって思う気持ちが強いから。




 ・・・・




 放課後に、雅樹せんぱいのクラスメイトの先輩たちに呼び出された。


 この人たちも、雅樹せんぱいじゃなきゃダメだって、譲れない気持ちを抱えているのかな?


 でも、ひとりじゃなくて、集団で来ている。


 その気持ちは、あなたひとりの気持ちじゃないの?

 恋って、他の人と共有する気持ちなの?


 そう思ったら、無性に腹が立ってきた。

 気がついたら、苛立った声で答えていた。


「……雅樹せんぱいとシーナさんは、付き合ってません。

 そうなるかもしれないけど、それと私が雅樹せんぱいを好きな気持ちは、ぜんっぜん、関係ないです」


 そう。関係がない。

 私がシーナさんと同じ部分を抱えていると気がついても、お姉ちゃんとシーナさんの似ているところに気がついて怖くなっても。


 私が雅樹せんぱいに惹かれる気持ちとは、なんにも関係がない。


 シーナさんがいてもいなくても、私は雅樹せんぱいが好き。

 これが恋なのかどうか、はっきりと判断できるものが何なのか、全然分からないけれど。


 会えたら嬉しい。

 話しかけてもらえたら、それだけで幸せ。


 この気持ちが特別なものだっていうことだけは分かるから。


 雅樹せんぱいが好き。

 それは間違いのないこと。


 それは私だけの大事な、大事な気持ち。

 それが、恋だと思う。


 でもどうすれば、この恋を叶えられるのかとか、どうすればいいのかとか、迷うことばかりなんだけど。


 思い浮かべるだけで、湧き上がるこの気持ちを大事にしたいから。


 だから、お姉ちゃんの言っていたことも、シーナさんが言っていたことも、全部リセットして、もう一度自分の気持ちと向き合ってみよう。



 そう思った。



 そう思ったら、雅樹せんぱいにキスをしていたシーナさんを思い出して、顔が真っ赤になって、イライラしてクッションに八つ当たりをしてしまった。


 そして、落ち着いてくると、雅樹せんぱいとキスをしている自分を妄想して、もっと顔が真っ赤になって撃沈した。




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