21・休日は狙い目(談・同中女子)(2/2)
「おつかれー。いいじゃん。夕飯になるものだし」
「皿とか買う必要ないだろ」
「江河くんが欲しいって」
「兄ちゃんが?珍しい」
「そー。だから大河がんばって」
2人が並んで立っているのを売り場の長机を挟んで見る。
改めて身長が大きい分、かっこよく見える姉弟だなと思った。
そういえば、シーナとポーズモデルをしていた人も、デッサン画で見る限り、身長の高いイケメンに見えたことを急に思い出した。
空腹のせいか、腹の底に鉛が溶け出したような、じんわりとした不快感を覚える。
ーーー今日もその人と一緒に、マダム土田のところで、モデルをしているんだろうか。
不意に起きた苛立ちは、横から突き出されたたこ焼きの匂いにかき消された。
「おまたせ!雅樹くん、たこ焼きと焼きそば、悠河ちゃんと大河くんの分もあるから、後ろの休憩スペースに持っていって!」
テントの後ろの方から戻ってきた玉城さんが、ふわふわとかつお節の踊るたこ焼きの皿を僕の前に差し出して言った。
「あと、ここの貰い物、後ろの方に持って行ってくれないかな?
夕方に町内会の宴会に出す分のパック詰めをここに溜めるから、ここ使いたいんだ〜」
たこ焼きを受け取りながら、「あ、はい。わかりました」と答えると、明智先生に「交代だね」と言われ、僕はそのまま大河たちを連れてテント裏へと抜けさせてもらった。
ウェットティッシュで手を拭いてから、机に並べたたこ焼きや焼きそばの他に、先生たちからの差し入れを僕たちはそれぞれ手を伸ばして食べ始めた。
「江河さんって、今どこにいるんだっけ」
「海外からは戻ってきて、国内にはいるはず」
「江河くんに会ったことないよね。雅樹くんは」
江河さんは、悠河さんのすぐ上のお兄さんで、かなり前に家を出ているらしい。文字通りに家出をして、あちこちに移り住んでいる。
「雅樹の兄ちゃんの夏樹さんのこと話したら、なんか知ってるっぽい」
「え、大河、兄さんのこと話したの?」
初対面の大河に馴れ馴れしくした上に、麗香さんの彼氏の話に撃沈するというロクでもない姿しか、大河は見ていない。
「兄ちゃんより2つ上だから、よく知ってたなぁと思ったけど。
麗香さんの隣りにいた人っていう記憶だった」
「あー。中学校の時はまだ麗香さんにくっついていたからなぁ……」
思わず遠い目になる。
中学までは麗香さんに隙あらば会いに行っていたのに、高校生になると同時に麗香さんが家を出て離れた。途端に、同級生の彼女を作ったりと変な抵抗を始めていた兄の姿を思い出した。
その彼女と一緒のところを麗香さんに見られて、即座に笑顔で「え?!夏樹に彼女?!おめでと〜」と、言われて死んだ目になったらしいけど。
そうか。
兄の麗香さん一途なところは、中学校でも知られていたのか。
つくづく10歳違いで良かったと思った。同じ学校に通う年齢差だったら、本当に弟としていたたまれない。
心を無にして焼きそばを口に運ぶ。
「あれ?去年より美味しい」
思わず口にだしてしまうくらい、焼きそばが美味しかった。
「あ、雅樹くんも思った?だよねー。
なんだろう。麺がもちもちしてるのもあるけど、野菜のシャキシャキ感があるよね」
「あと、ソースがうまい。ソースだけ飲みたい」
黙々と食べていた大河が真剣な口調で言った。あ、さっきのクラスの奴らもなんかそんなこと言ってた。
大河もリピーターになりそうだな。
「明日もやってるから、午前中くらいなら品切れにならないと思うよ」
「食う。食べる。食べたい」
「大河がそこまでハマるのも珍しいわね。お姉ちゃんのもお食べ」
悠河さんが差し出した焼きそばの皿を大河は黙って受け取ると、飢えた動物のようにむさぼり食べ始めた。
「……え、何これ、なんかの薬入ってるの?」
「入ってないはずなんですけど……なんかみんなこんな感じで、また買いに来てました。主に男ですけど」
休憩所の日陰に、涼しい秋の風と一緒にトンボが紛れ込んで、すぅっと通り抜けていった。
夢中で食べ続ける大河を見ながら、たこ焼きを食べていると、喉の渇きを覚えた。
「あ、そういえば、先生たちから貰ったお茶、置いてきてた」
「ここの飲み物、大河が飲み干しそうだね。自販機で買ってこようか?」
「いえ、悠河さんもぬるくてもよければ、テントの方に置いてあるのを持って来ますよ」
「うん、飲む飲む」
さっき玉城さんに言われたことを思い出した。パック詰めを置くために、スペースを空けなくてはならない。
「あ、少し多いので、悠河さんも持ってもらっていいですか?」
もぐもぐと食べ続ける大河を連れて行くのは無理な気がする。
悠河さんはパイプ椅子から立ち上がると、「いいよ」と言った。
テント裏から売り場の方に戻ると、お客さんが切れたタイミングだったのか、明智先生と玉城さんが振り返って僕と悠河さんを見た。
「どうしたの?まだ休憩時間あるよ?」
「飲み物とか、テーブルの貰い物を持っていこうと思って」
「雅樹くん、モテモテだねー。女の子ばっかりだったよね」
玉城さんがにやにやとひやかすように笑う。明智先生は穏やかに笑いながら、「雅樹くんだからねぇ」と言った。
「みんな同級生が売り子をしているのが珍しいだけですよ」
苦笑しながら、菓子の入った紙袋を悠河さんに渡す。ペットボトルの飲み物は、3人でも飲みきれないくらいあったので、玉城さんと明智先生にも1本ずつ渡した。
「それじゃまた休憩に戻ります」
「はーい。ごゆっくり〜」
玉城さんがにこやかに笑い、僕と悠河さんに手を振ると、お客さんが近づいてきた。
邪魔にならないようにとテントの後ろへ向かおうとすると、玉城さんに呼び止められた。
「あ、雅樹くん!待って!」
玉城さんの方を振り返ると、売り場の長机の向こうには、カーキ色のワンピース姿の武田さんが立っていた。
「雅樹せんぱい、こんにちは。少しだけ……いいですか?」
そう言うと、手に持った紙袋を軽く胸元に引き上げて、首をかしげた。




