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挿話2・珍しい人




 胸を張る。


 背筋を伸ばして、肺に空気を送る。

 お腹の中心に力を入れて、指先からつま先までの感覚を確かめる。


 指定されたポーズをとったら、ゆっくりと周りを見渡す。


 天から吊り下げられた人形のように。

 優美に、誇り高く、顔を上げる。


 目に入った人たち、すべての視線を自分に向けるために。


 感覚を研ぎ澄まして、ほんのわずかに首を傾げ、表情の筋肉を動かす。


 そして、相手の視界に入っているのか曖昧な体の部位にも神経を働かせる。


 金色の髪が、視界に入る。


 今、自分の姿が、相手の目にどう写っているのか、視線から読み取る。


 一瞬の揺らぎを見つけたら、そこに照準を合わせて、形を整える。


 ほら、もう目が離せないでしょう?



 わたしを、見て。



 わたしを、必要として。




「シーナ、また入ってるわよ」


 こん、と、使いかけの練り消しがわたしの額に当たって、カーペットに落ちた。


 鉛筆の尖った先をわたしに向けて、髪をアップにまとめたミセス土田が目をすがめていた。


「……またですか?

 もぉ〜。それならモデルやらせない方がいいでしょ?

 雅樹のところに帰して〜」


 マキシ丈の白のワンピースがシワになるのも構わずに、そのまましゃがみ込んだ。


 ここはミセス土田の絵画教室の一室。

 ミセス土田と高名な画家の先生たちがわたしを取り囲むように椅子に座って描いている。


「いいじゃない。夏休みでお小遣い使い切ったんでしょ?

 雅樹くんにお菓子作ったりするのに、バイト代は必要じゃない」

「そうですけど……。毎日じゃなくても」

「その状態を自分でコントロールできるなら、ね」


 艶やかに笑うミセス土田が軽く片目を瞑ってみせた。


「シーナちゃん、早くコツを掴んで欲しいなぁ。

 数年ぶりにモデル復帰したのは嬉しいけど」

「……別にモデルやりたいわけじゃないもん」

「これだけのファンがついているんだから、やりなさい。シーナ」


 むっとして、ミセス土田を睨むと、楽しそうに笑われた。


「怖くないわよ、私にはシーナの魔法は効かないんだから」


 鈴を転がすような笑い声。ミセス土田はいつだって余裕がある。それが憎らしいけど、安心する。

 わたしにペースを乱されない数少ない人。


 扉にノックの音を響かせてから、研吾(けんご)さんが部屋に入ってきた。


「紅茶とコーヒー、準備できましたよ」

「ありがとう。こっちもちょうどシーナの集中切れたところよ」

「新しい洋菓子屋の味は、どうかのう」


 ざわざわと話しながら、先生たちとミセス土田が部屋の外へ出ていく。

 椅子の上にあるカーディガンを羽織ると、わたしもみんなの後について行く。


「シーナさんは、抹茶飲んでみる?」

「カヌレが黒糖なんでしたっけ。抹茶……お願いします」

「夕方だから、薄目にしておくよ」


 少し見上げた先にある顔は、ミセス土田と同じように穏やかで、揺らぎのない目をしていた。


 この人は、ミセス土田の絵画教室のモデルさんで、お父さんの大学に通っている。

 学部はお父さんと違うけれど、一般教養で授業をとっていたらしい。


「エミル先生の娘さんなんだ?よろしくね」


 初めてここで会った時、穏やかに笑って挨拶をしてきた。

 大学生くらいの年頃の男の人たちは、みんな何かを含んだ目をしてわたしを見てくるから、珍しい人だなと思った。


 金色の髪に、青い目、そして大きい胸は、それだけで欲を膨らませるらしい。すべて雅樹のためだけにあるのに、自分のものにしようとする気持ち悪い目で見てくる人が多い。けれど、この人はそんなあさましい色を見せなかった。


 そして、予想通りにわたしがどれほど集中しても、この人は落ちてこない。


 楽な気持ちのまま話せる珍しい人。


 スリッパもはかないまま、お茶のあるリビングに向かおうとしていると、足音で気がついたのか研吾(けんご)さんがスリッパをわたしの足元に並べてくれた。


「朝晩は冷えるからね」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 恩着せがましくなく、気配りをして受け取らせる。2つか3つしか違わないのに、落ち着いている。


 カウンターテーブルについて、抹茶が入った茶碗を渡される。

「黒糖カヌレと、和三盆の干菓子」

「ありがとうございます」

「干菓子は先生たちからのお土産」


 部屋の中央にある大きなテーブルに掛けている先生たちに、ぺこりと頭を下げる。


「さっきまでの牙を向いた虎はどこにいったのかのう」

「今は茶虎の猫より気が抜けているね」

「ふふっ。シーナを猫扱いするのも先生方だけね」


 にこにこと穏やかな笑いが部屋に満ちる。

 雅樹の隣の次に、ここの空気は居心地が良い。

 行儀悪く、椅子の上に足をのせて、膝を抱えるようにして抹茶碗を両手で包むように持つ。


 抹茶の甘みと渋さがちょうどいいバランスで、口に含むと体から力が抜けた。


 数年ぶりに会った人たちと、最近初めて会った人。

 それなのにここは心地が良い。


 きっと、誰もわたしに執着をしないからだ。


「……雅樹、何を食べてるのかな」


 美味しいものを食べると、雅樹にも食べさせたいなと思う。


 明日からの連休中は、このままミセス土田のところに泊まるけど、なんとかして雅樹に会いに行こうと思った。




(*´人`*)いいねボタンありがとうございます。

がんばります……!


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