20・女子たちの裏側を垣間見る(3/4)
それを見て、俺はため息をついた。
「今のところ、雅樹に言うつもりは無いから。
シーナさんもバラすつもりは無い。ただ」
「ただ……?」
おそるおそるといった顔で、俺を見上げる。
そんなに怖がるくらいなら、最初からやらないで欲しい。
食べ物に下剤を入れるなんてこと。
「雅樹に手作りのお菓子も食事も与えないでくれ。
見つけたらその場でぶん投げる」
「え、それだけ?」
「絵ヅラとしては結構ひどいぞ」
仮に汁物だったら、周りも大惨事だ。
「ああ、あと、その場で雅樹にバラすかもしれない」
「……もう、しませんよ」
虚脱したような笑みを浮かべて、武田さんは場がもたないのか、指先で制服のスカートを掻いた。
「告白もできましたし、シーナさんの恐ろしさも知りました。
でも、まだ終わりにしたくないんです。
想い続けるくらい、いいですよね」
「それは俺に聞かれても……雅樹との問題だろうし」
告白なんか、したこともされたこともない。何が妥当なのかもよく分からない。
シーナさんに指示されて、雅樹が告白されないように学校で立ち回っていた。
けれど、武田さんが告白した後の雅樹の反応を考えると、妨害し続けるのもよくないなと思った。
「あの状況で言えたのは、素直にすごいと思う。けど、正直言って怖い。
それに武田さんは、結局は武田さんがやりたいようにやるんだろ?」
あのシーナさんですら、手を出せなかった。
なんだか分からないけれど、普通のおとなしそうな女の子ではないんだろう。
「恋する女の子は、強いんですよ」
無理に笑顔を作った武田さんが言った。
「まぁ、そうなんだろうね。雅樹が大変になるだけだろうけど」
最終的には、雅樹へ向けられた想いは、雅樹にしか解呪できない呪いのようなものなんだろう。
周りがどう動いたところで、何の意味もないのだ。
*
昨夜、シーナさんから、姉の悠河のスマホに電話がかかってきた。
俺への要件は、
「雅樹に手作りの食べ物を食べさせないで。
あと、雅樹が傷つくから、武田さんのことは、言わないで」
徹頭徹尾、雅樹の心配だけだった。
シーナさんにとって、武田さんが告白したことよりも、目の前で俺にキスシーンを見られたことよりも、雅樹が傷つけられないかどうかだけが重要だった。
シーナさんは、雅樹のことだけしか考えていない。
つまり、雅樹を害する行為でなければ、基本的に反発されないということだと、改めて気がついた。
だから、シーナさんに言っておいた。
「雅樹への好意があるなら、それを外野の俺が潰しちゃいけないんじゃないですかね。
シーナさんだって、雅樹への愛を捧げられなくなったら、発狂しますよね?」
「それは、そう、だけど……」
「むしろ告白を妨害するより、雅樹に直接言ってもらってはっきり答えをもらった方が……雅樹にとっても相手にとってもいいと思いました」
姉のスマホ越しに、シーナさんの沈黙が伝わる。
ちょっと怖いけど、我慢した。
「……雅樹は、武田さんと、付き合うの?」
予想通り冷えた声が返ってきた。
「いえ、そんな感じじゃなかったです」
むしろシーナさんとのキスに、動揺しまくりでした。
だが、これは男同士の会話なので、言えない。
相談にのるって言ったしな、俺。
「学校で雅樹がシーナさん以上に気持ちを持ってかれている人なんて、見たことありません。
告白をされても付き合いそうな相手はこの学校にはいませんよ。
……シーナさん、雅樹を信じてくれませんか?」
ホラー映画よりも恐怖の沈黙に、俺は耐えた。
たっぷり50を数えたころ、
「……わたしが、決められることじゃないから」
と、感情を押し殺した声が返ってきた。
それでも、通話が切られていないなら、聞き入れてもらえる余地がある。
そう思った俺は、勇気を出して言った。
「雅樹への告白の妨害は、もうしません。
ちゃんと告白して振られた方が、雅樹にとってもいいし、相手にとっても気持ちを引き摺らないと思います」
「……わかった。でも、雅樹が傷ついたら、止めて。お願い」
「わかりました。それじゃ」
通話終了のボタンをタップして、重い息を吐いた。
そばで様子を見ていた姉の悠河が、心配そうに見ていたが、とりあえず俺は初めての交渉がうまくいったことに安心して、脱力してソファに寝そべった。
「……ねぇ、何があったの?」
「シーナさんの目の前で雅樹が武田さんに告白されて、その後シーナさんが雅樹にキスして彼女と認めろと詰め寄ってた」
まとめてみると中々の修羅場だ。
それを何で砂かぶりのアリーナ席で見る羽目になったんだろう。
頭が痛い。
ふと、急に黙ってしまった姉を見上げると、
「……うわぁ、何それ、ちゅーしてたの?うっわぁ……」
姉にとって楽しそうなところだけピックアップして、妄想ドリームに入っていた。
楽しそうだな。
実の姉ですら、いたいけな中学男子のハートを思いやってくれない。
俺は虚脱したまま、目を閉じた。




