20・女子たちの裏側を垣間見る(2/4)
絵描きの集中力は、恐ろしいほど深い。
けれど、シーナのその力は、深みに引きずり込まれて、戻れないほど強力だった。
「その時、シーナくんをモデルに描いた奴らは、全員寝食も忘れて描き続けた。
それこそ体力がなくなるまで。
学生連中は若いせいか、眠って食べたらなんとかなったけど、高齢の方はちょっと入院したんだったか、精神科から薬を処方されたんだったか……」
「話、盛ってませんか?」
シーナを見ただけの人たちがそこまでの状態に陥いるというのは、いまいち腑に落ちなかった。
「俺もそう思いたいけどな。当事者のひとりだし。
確か俺は3日目くらいで、強制的に妻に睡眠導入剤飲まされて終わったはず」
両手のひらを僕に向けて、おどけたように掲げて見せた。
「……本当なんですか?」
「本当。だから、昨日、シーナくんの本気モード入っているのを見つけて、妻に回収してもらった。
中学生には強すぎる」
「……それで、昨日と今日は部活が休みになったんですか」
すると黙って土田先生が頷いた。
……本当かなぁ?信じていいのかな、この話。
「それで今日の放課後から来週金曜まで、妻の絵画教室の方でシーナくんを預かることになったって」
「え?!」
「あれ?シーナくんのお父さんから聞いてない?朝に言っておいたって言ってたけど」
驚きで呆然とした頭に、
『少しだけ時間を稼いであげよう』
今朝のエミルおじさんのセリフが甦った。
「……そう、いえば。言って、ました」
「うん、そうか。
中学生の時は、一度スイッチ入ると何日か続いたままだったから。念の為にね。
その間、ポーズモデルを繰り返していたらだんだん落ち着いていったから、今回も、ね」
「……そう、なんですね」
半信半疑な気持ちが顔に出ていたのか。
椅子の背もたれに寄りかかりながら、土田先生が姿勢悪く、僕を見上げた。
ぎしり、と、古めかしいオフィスチェアの金具が、鳴った。
「……シーナくんが、小学校に入るまで、子ども服のモデル、やってたのは?
知ってるか?」
「え?」
正直、初めて聞いた。
でも。
「……小さい時の話は、当たり前のようにされているだけで、僕が理解していなかっただけかもしれません。
初めて聞いたように、思いますが……」
小さい時から家ぐるみの付き合いだと、当然のように話されていることも多い。ただ、僕が小さすぎて、理解していなかっただけで。
だから、別にシーナが子ども服のモデルをしていても、それは不思議なことでもないのかもしれない。
ただ、シーナがその話をしていたことは、一度も無かったから。
「その時にカメラマンか、スタッフか、正確には俺は覚えていないけど、シーナくんに執着してた男がいたらしい」
「え……」
「そのせいか分からないが、その頃から身を守るために、人の注目を浴びる力を発揮し始めた。危険な人物と2人だけにならないように。
……まぁ、これは妻の仮説だけどな」
土田先生は、はっきりとは分からないけど、と肩をすくめた。
「だが、雅樹なら、少しは分かるんじゃないかな。シーナくん、変な奴を引き寄せるだろ?」
車をボコボコにした時の嫌な感触を思い出した。
あの時も、その前も、今も。
シーナは普通の女の子と違って、危険に晒されて生きている。
ギリっと奥歯を強く噛みしめた。
その時、先生の後ろでアラームが鳴った。
「おっと。授業が始まる前に戻った戻った。
あと、天野たちがスケッチブックを取り返しに来そうだから、放課後の準備室は施錠しておく」
「スケッチブック、取りに来てたんですか?」
「シーナくんを描いてあるものだけ来週まで持ち帰り禁止にした。
ドアを開けていて失敗したって、さっきは思った。雅樹で良かったよ」
ふぅ、とため息をつきながら、土田先生は立ち上がった。
「ほらほら、急いで。俺も職員室戻るから、ここから出た出た」
片手で追い払うように手を振られた。
「あの、週末もシーナはミセス土田のところですか?」
「ん?あぁ、一応。強制的に止められるのは妻だけだから。
何か耐性でもあるのかね。
惑わされない人も少数だけどいるんだよ」
それはどういうことなのか。
聞いてみたかったけれど、授業に間に合うか、ぎりぎりの時間だった。
僕は軽く頭を下げて、そのまま廊下を早歩きで急いだ。
モデルをしていた小さなシーナ。
執着する変な奴ら。
その時の防衛反応が、なんで昨日……。
歩きながら考えたけれど、まとまらず。
授業開始ギリギリで席に着いた時、大河と視線があった。
そうだ。
どうせ今日は稽古も休めと言われていたんだ。
帰り道も、帰った先の家にも、シーナはいない。
それなら大河に相談にのってもらおう。
***
昼休みに雅樹が土田先生のところへ行った後、入れ違いで武田さんがやって来た。
「……あの、大河先輩、雅樹せんぱいは?」
「土田先生のところ。あの後、シーナさん何かしたのか?
美術部の奴らが変なんだけど」
「……それより」
詳しい話をしたくないのか、強引に質問をはぐらかされた。
目が俺を見ようとしない。
「口止めしに来たの?」
面倒なので、単刀直入に聞いてみたら、うつむいたままの武田さんの肩が怯えるように跳ね上がった。




