20・女子たちの裏側を垣間見る(1/4)
「……天野、天野!」
立ったままの天野の背中を、後ろの席の奴が焦った声を出しながら叩いている。
ぼんやりとした顔で、天野が振り返って言った。
「……なに?」
黒板の前でにっこりと笑う永遠の妙齢女教師である森先生が、鈴を転がしたような声で問いかけた。
「天野くん、今読んだところが、どこかわかりますか?」
「えーと、はい。
He gave up swimming today.
彼は今日泳ぐのを諦めた」
「きちんと課題をしてきたのね。えらいわ。
でも今は国語の授業なの」
「あ……」
天野が目を覚ましたように顔をあげる。
「天野くん、目が覚めてないなら、声を出しましょうか。
そうね……この『冬の香り』という詩を情感たっぷりに読んでもらいましょう」
ふふふと笑う森先生の声が怖い。
「主人公は男の子だから、天野くんにぴったりね。
さあ、天野くん、どうぞ」
「は、はい。ふ、『冬の香り』。
……ね、『ねえ、冬の香りって知ってる?
とても素敵な香りなんだよ。
え、知らないの?
だったら僕が教えてあげるね』」
「う〜ん、もっと、楽しそうに!好きな女の子に教えてあげるようなわくわく感を出して!」
うきうきと指導する森先生に反して、真っ赤な顔になった天野が必死になって続きを読み上げる。
「ま、『まずは朝、早起きしてね。
お日様より早くだよ』……!」
公開処刑のような天野の音読を聞きながら、僕は教室の中をそっと見渡した。
いつも通りの教室の中で、美術部員だけが、天野と同じようにぼんやりとしている。
昨日、一体何があったのだろうか?
休み時間に聞いても、
「………はぁ」
と、もの憂げにため息を吐くか、
「女神にまた会いたい……」
と言って、そのままノートに人の姿らしきものを描き始めるかのどちらかだった。
一体何があったのか、全く分からない。
トイレに行くついでに隣のクラスの美術部員を捕まえても、同じようにぼんやりとしていた。
正直、だんだん怖くなってきた。
大河にそれを相談すると、「集団催眠か?」と言われた。
あながち間違っていないようで、余計に怖くなった。
仕方がないので、昼休みに土田先生を探しに職員室へ行くと、美術準備室の方だと言われた。
校内放送が休み時間は残り10分だと伝える。
早足で向かい、開いたままのドアをノックする。
「土田先生、すみません、あの」
「……あ、ああ、雅樹か。うん、何か用か?」
声を掛けた瞬間、土田先生がびくっとしたように見えたんだけど。気のせいかな……。
「あの、今日も部活は休みですか?」
「あ、そうか、雅樹はいなかったもんな。うん、休みだ」
「えーと、何で休みになったのか聞いてもいいですか?」
すると、土田先生が不思議そうに大きな二重まぶたの目を瞬かせた。
「え?」
「あと、天野たち、美術部員たちの様子がおかしいっていうか……」
「あれ?雅樹、知らないのか?っていうか、見たことがない……のか?」
思わず眉間に皺が寄る。
何を?
いかにも僕は理由を知っているだろうと言わんばかりの土田先生の様子に、少しだけイラッとした。
「知らないから、天野たちがぼんやりしているのが怖いから聞きに来たんですけど」
「えー?知らないのか?
……やっぱり雅樹はシーナくんにとって、特別枠なんだなぁ」
心から感心したように言われた。
すると、土田先生は後ろの棚から大量のスケッチブックを取り出すと、机の上に広げた。
そこにはたくさんの人の手で描かれたシーナが。
「これは昨日のシーナくん。そして、こっちは先週までのシーナくんを描いたもの」
ペラペラとめくって見せるスケッチブックのページには、同じシーナが描かれているはずなのに。
「……鉛筆の線画が、違う」
「そう。昨日のシーナくんをモデルに描いた子たちの絵が、段違いだろ?」
「はい。なんていうか、集中力がすごいのか……熱量がすごいっていうか」
目の前に立つシーナを写し取ろうとする執念のようなものを感じる。
1枚だけを何度も描き直したような絵に、何枚も同じ姿のシーナを描いた絵。どちらからも恐ろしいほどの狂気を感じる。
「先生が院生だった時にな、妻の絵画教室にシーナくんがモデルに来てたんだけど、それは知っているか?」
「あ、はい。中学生になってからやってたと聞きました」
「うん。それでポーズモデルをしてもらっていたんだ。
それがある日、シーナくんが神がかったとしか言いようのないモデルをしたことがあって」
それは僕が初めて聞く、僕の知らないシーナの姿だった。
中学生になったばかりのシーナは、マダム土田の絵画教室で、ポーズモデルをしていたらしい。
子どもから大人に成長しはじめた13歳のシーナは、とても人気のあるモデルだった。
その美しく、儚げな姿形は、大学受験を目指す生徒から、プロの画家まですべての人を魅了した。
そこまでは僕も知っているシーナの姿だ。
しかし、ある日シーナのスイッチが何か入ったらしい。
同じ場所で、同じポーズをとったはずなのに、目が惹きつけられて、あっという間に落ちた、と土田先生は言った。
「あれをミューズ、芸術の女神というんだろうなぁ。時間を忘れて描いた。いや、描かされたよ」
(*´ー`*)天野の情感あふれる朗読(公開処刑)に使用された詩は、なんと!このなろうのサイトで、全文が読めますよ!
おかやす様作『冬の香り』
https://ncode.syosetu.com/n0720fx/
(*´Д`*)さあ!声を出して、読んでみようか!←難易度高いので私には無理です。




