2.美しいものに手を伸ばしたくなる気持ちは分かるけど②
「……うん、いいよ」
「ありがと!それじゃあ買ってくるね!」
「いってらー」
シーナがうきうきとしなが席を立ち、ショーケースの方へ向かった。
それを見送る僕を見つめる悠河さん。
「……何、にやにやしてるんですか」
「いやぁ〜?愛されてるなぁと思って。シーナがかいがいしくドーナツ選んでるよ?雅樹くんのために」
「別に、ふつうです」
「ふつーだよね。2人なら。うんうん」
そしてまた僕をにやにやと見ている。
悠河さんのにやにやは、目も口も何かに耐えるようにゆるんでいてちょっと羞恥心を煽られるから、正直やめて欲しい。
「成長期なんだねぇ。気付いたら身長も伸びてるし。あれはまだやってるの?」
「はい、夜にやってます」
「そっかー。雅樹くんも頑張ってるよね。私も、頑張らないとなー」
「悠河さんこそ、バイトと塾と頑張ってるじゃないですか」
「でもねー、まだ何かを身につけているっていう感じはないの。シーナのために頑張っている雅樹くんに、結構励まされたりしてるんだよ。ほんと」
「……僕は、全然まだまだだから」
「そうやって、まだ足りないって言えるのは、目的がはっきりしているからだと思うけど。私は目的地がまだわからない。とりあえず、今はシーナと同じ大学って思ってるだけ。それから先が分からない」
「悠河さんは、もう部活はやらないんですか?」
「そうだね。部活はやらない」
「市民サークルとか、そういうのは?」
「そうだね…うん、でもまだいいや。ははっ」
僕はこれ以上踏み込んではいけないと思い、話を変えることにした。
「そういえば、あのヤンデレ小説、コミカライズされたらなんだかマイルドになってましたね」
「あー、確かに。なんか文章の方が濃かったよね。そういえば、真坂先生の初期作品にヤンデレの長編あったよ」
「え、それ読みたい」
「この後、古本屋行こうか。なければ…
新刊でまだあるかな。いや、シンク堂書店ならあるかも」
「時間は大丈夫ですか?」
「うん、塾の時間までまだあるから。それに、ヤンデレ小説仲間はレアだからね〜」
ぐふふと嬉しそうに悠河さんが笑った。せっかくの美人が台無しだ。
その後ろから、トレーを少しだけかかげながら、シーナがやってきた。
「おまたせ〜」
客が増えてきたので、それを避けるようにしてシーナがトレーを上にあげた。
僕は席を立って、シーナからトレーを受け取り、テーブルに置いた。
そして、シーナのために椅子をひいて座らせた。
「……はぁー、雅樹くんマジ神。シーナとの組み合わせ、尊い」
両手をふっくらと合わせて、口元に当てている悠河さん。
何も隠せていない。
欲望がダダ漏れになっている。
シーナが嬉しそうに、
「ふふん。雅樹は神よりすごいの」
と、ドヤ顔で椅子に座っている。
いや、それはどういうことかわからないよ、シーナ。
「はい、雅樹。あーん」
「え、シーナ食べないの?」
「ひと口食べたよ。味が分かればいいんだもの。全部は食べきれないから、雅樹、食べて?」
可愛らしく微笑むシーナに催眠術をかけられたように、僕は口を開ける。
「はい、どうぞ」
シーナが嬉しそうに僕の口へ、ひと口サイズにちぎったドーナツを入れる。
「おいしい?雅樹が好きな黒糖入りだよ」
「うん、これ好き」
もぐもぐと咀嚼して、またシーナが差し出すドーナツを食べた。
甘い。
口のはしについた粉を舐める。
シーナが紙ナプキンで、軽く僕の口を拭いた。
そんな僕らとテーブルを挟んだ向かい側の席では、悠河さんが両手を口元にあてて、嬉しそうに僕らを見つめている。
耳まで真っ赤になって。
「萌えぇ……」
いや、だから隠せてないですよ、悠河さん。
シーナにさっき話したことを説明して、古本屋と書店に行くことにした。
駅に近い歩道は、幅広くても人が多い。
人とぶつからないように、シーナを後ろにかばいながら歩く。
「こっちの方に来るのは、シーナ久しぶりだよねー」
「うん、あんまり人がいるところには行かないようにしているから」
「美しいものに手を伸ばしたくなる気持ちは分かるけどね。変態じゃなくてもシーナは目を引くし」
「雅樹がいればいいもん」
「雅樹くんも一緒に遊ぶからいいもん」
後ろから他愛のない会話が聞こえる。
シーナが友達と出かけることが少し増えてきているから、いいことだとは思う。
色んなシーナを僕は知りたいから。
良く手入れのされた林のような古本屋をぐるぐると3人で歩き回って、真坂先生の本を見つけることが出来た。
「うわぁ……10巻もあった……」
「ラブコメの人だと思っていたら、すごいヤンデレ好きなんですね……出版社もよく出しましたね」
「でも、結構人気あったんじゃないの?帯にそう書いてあるし」
「とりあえず、買っちゃえ。シーナと雅樹くんは向こうで待ってて」
「うん、わかった」
「はい、待ってますね」
ほくほくと、本を抱きしめながら悠河さんがレジに並ぶのを見て、僕はシーナと一緒に邪魔にならないように少し広いスペースへ移動した。
「この後は帰る?せっかくだから、何かお店見ていく?」
「んー、パウンドケーキ作るのに、レーズン欲しいからちょっとだけお店寄りたいかな」
「シーナのパウンドケーキ、おいしいから楽しみだな」
「ふふっ、さっきあんなにドーナツ食べてたのに。男の子だね、雅樹」
僕への好きがあふれている笑顔を向けるシーナに、少しだけ口がゆるんだ。
不意に音が遮断されたように感じ、人が近くに立ったのが分かった。
その気配を感じた方へ顔を向けると、そこには大きな男が2人、立っていた。
「ヒャッハー!かわいいね〜君。ちょっとお兄さんたちと遊ばない?」
(*´ー`*)ここで一句。
ヒャッハーと 言わせるだけで 雑魚キャラ感