19・引き続きの混乱と羞恥(3/3)
過去を思い出して、布団の上でのたうち回って、眠れたかどうかもわからない夜だったとしても、朝はやってくる。
ぼんやりとした頭と顔のまま、身支度を整えて、朝食を食べる。
「……雅樹、何かあったのか?」
ご飯も食べ終わる頃になってようやく父さんが僕に言った。
うん、何か言いたそうだなと思ってた。
「何もないよ」
他になんて言えばいいのか。
「そうか。何か話したいことができたら言うんだぞ?」
「うん」
シーナにキスされて、今まで平気だったことを思い出して、一晩中のたうち回ってましたなどということは、絶対に親には言えないけれど。
明らかに何かあるだろうという両親の視線に気がつかないふりをして、食器を手に椅子から立ち上がった。
「……夏樹の時は全部麗香ちゃん絡みだったから、分かりやすかったんだけどなぁ」
父さんの呟きを聞いて、あの兄とほぼ一緒だということに気づき、さらに気が沈んだ。
玄関のドアを開けて、爽やかな朝の空気を吸い込む。
いつも通り。
いつも通りでいけばいい。
シーナにキスされたことも、彼女の強要をされたことも、とりあえずはなかったことにしておこう。
シーナだって玄関先からその話をしてくる事はないはずだ。
はずだったんだけど。
「おはよう!雅樹!」
散歩を待ちかねた犬のように、ドアを開けた途端に、シーナが抱きついてきた。
いつも通りに。
シーナの胸があたる。
「………シーナ!」
一瞬で頭に血がのぼる。
なんで昨日までは平気だったのか、自分のことながら僕には分からない!
シーナの胸があたるところも、腕がまわされたところも、すべてが柔らかく、甘い匂いがする。
真っ赤になった僕の顔を見て、シーナが心配そうに見る。
そして。
「……雅樹、寝不足?目の下にクマができてるよ?」
両手で僕の頬を挟み、青い目で覗きこんできた。
近い。
昨日の距離と同じ。
そこで思い出されるキスの感触。
「…………ちょっ、シーナ、やめてっ!」
慌ててシーナの肩を両手で押して、突き放す。
シーナはびっくりしたように、元々大きな青い目をさらに大きく見開く。
揺れる金色の髪が、朝日にあたってきらきらしく見えた。
そして、僕は急いで鼻をつまんだ。
ぽたぽたっと、赤い雫が落ちた。
間に合わなかった。
「雅樹?!大丈夫?!雅樹?!」
真っ青な顔でシーナが僕に手を伸ばす。その手に当てるようにして、僕は手を振った。
「シーナ、ごめん、ちょっと近づかないで」
「なんで?!」
「……制服に鼻血がついたら大変だから」
本当は近づかれたら、さらに鼻血のおさまりがつかなくなりそうだから。でも、それは説明できないし、したくもない。
「エミルおじさん呼んで。
僕は落ちついたら行くから、シーナは先に車で」
「やだ!行くなら雅樹と一緒がいい!車に乗った方がいいのは、雅樹でしょ?!」
玄関先で騒いでいる声が聞こえたからか、エミルおじさんが苦笑しながら車の鍵を振って見せた。
「いいよ。今からなら大学も間に合うから、送っていってあげよう」
「……すみません。ありがとうございます」
「それよりも、鼻を先にどうにかしようか」
シーナが慌てたように箱ティッシュを持ってきてくれた。
「雅樹、大丈夫?」
「……うん。ティッシュちょうだい」
鼻にあててから、床に落ちた血を拭く。
「後は車の中で。……リクライニング使えた方がいいかな。
雅樹くんは助手席に。シーナは後部座席に」
「え〜……」
「文句言わない。はい、急いで」
にっこりとエミルおじさんが言うと、渋々とシーナが車に向かった。
鼻にティッシュを詰め込んでいると、エミルおじさんが彫りの深い顔を近づけて、僕の耳元で言った。
「……違っていたらごめんね。
もしかして、シーナを意識し始めたのかな?」
「意識……」
「ようやくシーナが女の子じゃなくて、女性として認められたのかなと思ったんだけど、違うかな?」
「……そう、かもしれません」
エミルおじさんが言っていることが、今の僕に当てはまるのか実感はないけれど、なんとなくの違和感に合っている言葉だと思った。
「男の子は大変だな。隠し方が上手くないから」
「……隠した方がいいんでしょうか」
「今はできないことは考えない方がいい。まずは落ち着かないと」
何か企みを思いついたのか、エミルおじさんは唇を片方だけ上げた笑みを浮かべると、
「少しだけ時間を稼いであげよう」
と、言った。
「シーナ、来週は私が送っていくよ」
走り出した車の中で、穏やかにエミルおじさんが言った。
シーナは当然のようにブーイングの嵐だ。
「なんで?雅樹と一緒に送ってくれてもいいんじゃないの?!」
「昨日、土田夫人から聞いたよ。
中学生相手に本気のモデルをやったそうじゃないか。約束を破ったんだから、罰は受けるべきだ」
「……だって」
「やらない約束を破った」
「……はい」
本気のモデル?約束?
何のことだろうか。
ティッシュが詰まった鼻で聞こうとして、あまりにも間抜けな声だということに気がついて黙った。
そして、答えはその日のうちに分かった。
(*´Д`*)次回は木曜日更新です〜。
いつも通りに日曜日でひと区切り。




