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18・シュトゥルム・ウント・ドランク(3/3)



 ***


 木材のチップが敷き詰められている道の上をリズム良く走る。


 右、左、みぎ、ひだり。

 着地する瞬間と、蹴り出す瞬間の体全体の感触をひたすら味わい、そのリズムを整えていく。


 腕の振りと背中の筋肉の動き具合。

 そして呼吸。

 すべてが合致して動くように、意識を凝らす。


 歩道を挟むように立つ木立ちが、視界に入るとすぐ後ろに流れていく。

 遠かった背中がひとつ、ふたつと、だんだんと見えてくる。


「雅樹、あいつらを抜けば先頭だ!」

「了解、大河!」


 白シャツに黒のズボン姿のまま、学校指定の運動靴をはいて、大河たちバスケ部の外練習に勝手に混ざった。

 中学校から近い運動公園の外周を走る。


 1周回って、全体の真ん中の位置。

 2周目の後半、ようやく先頭集団が見えた。


 最初はぐちゃぐちゃだった頭が、走ることだけに集中している内に、少し落ち着いてきたように思うけど。

 ただ、考えるのを放棄しているだけだ。


 少し前を走る大河の腕の振りがわずかに早くなる。

 ラストスパートをかける気だ。

 息が苦しいけれど、大河に置いていかれたくない。

 乾いた喉で無理やり唾を飲み込むと、僕も腕の振りを強くして、足に力をこめた。



「……ふっ、ざけんなよ、美術部が……!」


 最後の最後で僕に抜かされた同級生の1人が、息を乱したまま睨んできた。


「絹田、短距離向きだから、気にするなよ」

「……うるさい、ばけもの」


 見えていた先頭集団より前に、ひとりだけ走り終わっていたクラスメイトの男子が、涼しい顔で水を飲みながら雑に慰めている。


「……はぁ、雅樹、前より早くなってないか?」

「………た、たぶん、そう、かな」


 夏休みの間、稽古前にランニングをたまにしていた成果だろうか。大河とそれほど差が無かった。


 息を整えながら、大河と木陰に移動をする。

 近くにある水飲み場で、水分を摂った。


 さわさわとした梢の音。

 遅れてゴールしたバスケ部員たちが僕を見て、何か喧嘩を売るようなジェスチャーをしている。


「スリーポイント勝負なら負けないぞー!」

「おとなしく絵を描いてろー!」


 面倒くさいので、適当に手を振って終わりにした。

 手を下ろして、鉄の柵に寄りかかる。


「……で、話は、今しておくか?」


 視線を合わせないで、同じ方向を見たままの大河が言った。


「うーん、何も考えないで走ってたけど……とりあえず、武田さんに告白されて、シーナにキスされた、で合ってるよね?」

「俺もそういうことだと思ったけど」

「初めて女の子に告白されたから、正直どうしていいか分からない。大河ならどうする?」


 すると大河は一瞬で嫌そうに顔をしかめた。


「俺に聞くなよ。

 告白なんかしたこともされたこともないんだから」

「えーと、じゃあ部活の後輩に『好きです』と言われたらどうする?」

「どうするって……興味ない相手なら、ありがとうごめんなさいじゃないか?

 雅樹は武田さんのこと、どう思ってるんだよ」

「どうって……部活の後輩としか」


 眉間に皺をよせて、腕組みをする。

 武田さん……。

 一緒にお饅頭作ったりしたけど、普通にいい後輩だなぁとしか……。


「ん〜。

 あ、好きとは言われたけど、付き合ってとは言われてな」

「前後の文脈でわかるだろ!告白前にシーナさんと付き合ってるかどうか執拗に聞いていただろう?

 お前のよくわからないおおらかさが俺は怖いぞ!」

「おおらかって……だってはっきり言われてないのに、『付き合えません』って勝手に言ったら、自意識過剰じゃないか」


 大河が呆れたように、大きくため息を吐いた。


「……告白されたことがないなら、されてないで、こんな弊害が出るのか。どっちにしても面倒だとは」

「初めて告白されたらどうしていいかわかるわけないだろう……」

「それで?シーナさんと付き合うの?」


 やる気をなくした大河がしゃがみ込んで、僕を見上げながら言った。


「え、シーナと?」


 付き合う?

 付き合うって、彼女と彼氏?

 そして、またキスとか……。


 唐突に思い出した。


 収まっていた混乱が巻き起こる。

 一瞬で体中に血液が回る気配がした。


 僕もしゃがみ込み、揃えた膝の上に額を乗せた。


「……ごめん、大河、やばいこと言っていい?」

「……本気でやばかったら、無視する。言ってみろ」

「シーナとのキス、ものすごく気持ちよかった」

「……そうか」


 そのまま大河も僕も黙ってしまった。

 遠くからテニスボールを打つ音と声が聞こえてくる。

 結構遠くまで聞こえるんだな……。


「……正直、シーナの顔を見られる自信がない」

「……付き合えよ、面倒くさいから」

「付き合うってなんだよ。全然わかんない」

「お前、シーナさんと結婚するつもりなんだろ?」

「……そういうものだと思ってたけど、なんか、思ってたのと違うのかもしれない」


 シーナと結婚すれば、家族になる。同じおうちに帰れる。

 その感覚しかなかったんだなと、今さらながら僕は気がついたけれど、2回分のキスの感触が、頭から離れなくて、全然だめだった。


 伏し目がちにしたシーナの青い目が近づいた時、感じたことのない熱をシーナから感じて、未知の感情が湧いた気がする。

 でも唇への感触がすべてを吹き飛ばした。


 その未知の感情とシーナから感じた熱を否応なしに理解するのは、嵐の日だった。

 この時の僕はまだそれを知らない。




(*´ー`*)Sturm und Drang 直訳すると「嵐と衝動」

疾風怒濤の和訳の方が有名。

18世紀後半の革新的文学運動。ゲーテとか。


季節が変わるなら、荒天は必須ですからね〜(*´Д`*)

来週は、「雅樹、年上の女性に叱責される」です。お楽しみに〜

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― 新着の感想 ―
[一言] >「……そういうものだと思ってたけど、なんか、思ってたのと違うのかもしれない」 まあ、そりゃ違うでしょうね( ˘ω˘ )
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