18・シュトゥルム・ウント・ドランク(1/3)
***
もうここを離れたい。
間にドアがあるものの、急に告白する武田さんと、急に告白された友人・雅樹に挟まれている。
俺、ここにいる必要ないだろ?
でも、ドアノブを離してしまったら、武田さんと雅樹が対面することになるから、秒でシーナさんに殺される。
どうしよう、これ。
雅樹の返事待ちなの?
やめてくれー。
虚無に満ちた顔になりながらも動けずにいると、武田さんの後ろに立つシーナさんが動いた。
え、ここで物理的に修羅場になるのか?!
一瞬で恐怖に慄く。
しかし、シーナさんは武田さんを力任せに後ろへ引き剥がすと、俺の顔も見ずに、
「ドアを開けて」
今までに聞いたことのない低い声で言った。
怖っ!!!
俺は無言でドアノブを引き、体ごと移動した。
開いたドアの隙間から、シーナさんが廊下へと出る。
「え?!シーナ?!お手洗いじゃないの?」
びっくりした声の雅樹。
あー。武田さんがさっきそんなことを言ってたもんな。ここにいたけど。
俺もこのまま準備室から出て、外に逃げようと一歩踏み出すと、
「ねえ、雅樹……」
シーナさんが目線を合わせるように、雅樹の頬を両手でゆっくり挟み込んだ。
そして、シーナさんは少し首を傾けて、雅樹にキスをした。
「………っシーナ!」
「雅樹、わたしは雅樹の彼女よね?」
「シーナ、何を……!」
声をあげようとした雅樹の口は、再び物理的にも塞がれる。
シーナさんがゆっくり、優しくキスをしている。
……一歩足を踏み出した結果、至近距離での友人のキスシーンを目撃。
これは何かの罰だろうか。
正直言って人のキスシーンなんて、近場で見たいものではない。
思わず固まる。
同じく固まっていた雅樹の方が、早く石化が解けた。
「……シーナ!!」
雅樹が両手でシーナさんの肩を押して離れると、
「シーナのばかっ!!」
真っ赤な顔でそう叫んだ。
そして、そのままダッシュで逃走した。
「……雅樹!待て!」
追いかけようと足を踏み込んだ瞬間、腕を掴まれた。
振り返ると、目に光のないシーナさん。
「……なんですか」
でも、俺は何かあれば、友人の雅樹につくと決めているから。
闇堕ちしたシーナさんでも、振り払っていくつもりだ。
「……雅樹のこと、お願い」
泣きそうな顔でシーナさんが言った。
こういう人だから、結局毎回振り切れなくて、言うことを聞く羽目になる。
俺はため息を吐いて、一度気を落ち着けさせた。
「わかりました。けど、シーナさんの弁護はしませんから」
「……いい。雅樹が一番だから」
「後は知りませんから。じゃ」
シーナさんが腕を離したので、すぐに俺は雅樹が逃げた方向に走り出した。
「廊下は走るなー!」
どこかから教師の声が聞こえたけれど、俺は止まることなく走り続けた。
***
なんだなんだなんだ?!
廊下を走り抜けて、階段を駆け下りて、とにかく美術室から離れたかった。
体調の戻ったシーナを出迎えに行って、美術室に入った途端に。
臨戦態勢になったシーナに、背中で庇われた。
その上の武田さんへ厳しい声での「近付くな」宣言。
その意味も分からないままに、シーナを迎えに行ったら、なぜか大河が準備室にいて、そのそばにいる武田さんにドア越しに告白されて……。
「あれ、は、告白だよな……」
走るスピードが落ちる。
告白。
たぶん、いや、実際のところ、初めて女の子に告白をされた、と思う。
武田さんが、僕のことを好き?
付き合うって、そういう意味で、告白したのか?
答えが出る前に、なぜかシーナにキスされたけれど。
「………………あぁ〜!!」
急に思い出す感触。
しかも2回。
きっちり思い出せる。
シーナにはもっと自信を持てたら告白するつもりだった。
けれど、一足跳びにシーナの方からキスをされた上に「彼女」と認めることを求められると、それは。
「………なんか、違う」
違うっていうか。もう意味が分からない。
武田さんからの告白に、シーナからのキスと「彼女」という断言。
渡り廊下と廊下の境目で、僕はしゃがみこんでしまった。
「……なんだろうこれ。意味が分からない」
そこに力強い足音が近づいてきた。
顔を上げると、大河が走ってくるのが見えた。
「……廊下、走っちゃダメだろう」
「お前が言うなよ……」
呆れた顔で大河が僕を見下ろしている。
「大河、さっきの武田さんの聞いてたし、その後のも見てたよね」
「聞きたくもなかったし、見たくもなかったけどな。
……そんなわけで全部分かってるやつがここにいるけど、どうする?」
「相談に乗ってください」
大河は外の方を親指で指し示しながら、言った。
「じゃあ、まずは走るか」
「……そうだね」
相談したいけど、相談すべきことがまとまらない。
とりあえず、走ってこよう。




