17・もっと近づきたい(2/3)
***
「え、今の、なに?」
「シーナ先輩が、武田さんに宣戦布告してたよね?!」
「……雅樹、お前、何をした?」
天野が胡散臭そうな笑顔を浮かべて僕の肩をつかんだ。
「何もやってないって!」
「じゃあ、どうして、いきなり武田さんがシーナ先輩から『雅樹に近付くな』って言われるのかなぁ?」
「僕が知りたいよ!」
痛い痛い!天野の両手が、ぎりぎりと僕の肩を万力のようにつかんでくる。
なんだか分からないけど、天野が怖い!
「……なぁ、雅樹、武田さんから、告白でもされたのかなぁ?」
「ないよ!おととい、大河たちみんなで、一緒にお饅頭作りをしただけで」
「……休みの日に武田さんに会ってんのか、お前。ギルティ!」
天野が肩を突き放しながら叫んだ。
「そんなんアウトだ!なんでシーナ先輩がいるのに武田さんにまで!」
「え、だから、何もしてないって」
「俺も呼べよ!」
「え〜……」
部員たちが遠巻きに僕らを見ている。誰か助けて。
そのまま天野は、スケッチブックを開くと、黙々とロボットを描き始めた。
「……雅樹くん、天野くんは武田さんのことが好きなのよ」
遠巻きにしていた女子部員のひとりが、僕の隣に立つと教えてくれた。
「そうなんだ…」
「まぁ、脈無さすぎだけどね。
で、シーナ先輩はいつ戻ってくるの?」
にっこりと口元だけに笑みを浮かべて言った。
「え、わからな」
「シーナ先輩いないと、ボールをひたすら描かないといけないのよ。嫌でしょ?黙々と面倒くさい球体だけのデッサン」
「それはそれで必要な練習」
「……雅樹くん?私たちは目の保養になるシーナ先輩の方を描きたいんだけど?」
「……ちょっと準備室に行ってきます」
無言の圧力をあちこちから感じたので、僕は逆らわずに動いた。
***
やぁ、俺は大河。
雅樹の友人だ。
俺はランニングを今から始められるようなジャージ姿だ。早く外に走りに行きたいなぁ!
それなのに、俺はまだ美術準備室にいる。そして、夏服のセーラー服を着た金髪碧眼のシーナさんと、白シャツに制服の黒いスカート姿の見た目普通な武田さんが、睨み合う姿を見ている。
扉が閉まってから約5秒。
すでに胃が痛い。
誰か助けて。
「……雅樹せんぱいと私が会うことに、シーナさんが口を出す意味がわかりません」
開口一番で、武田さんの火力が強い。
強すぎる。
「雅樹にはわたしがいるんだから、余計な夢は見ない方がいいと思うけど?」
久しぶりの闇堕ちシーナさんだ。
やばい、雅樹いないのに……これ、収拾つかないぞ。
「私が雅樹せんぱいを好きになることは自由です。シーナさんに口出しする権利はないです」
「……それは雅樹の食べるものに、下剤を入れる人が言うことじゃないわね」
「……な!そ、……なんの話ですか?」
ふふふとシーナさんが笑い声を抑えて笑う。
「ボロを出すのが早すぎ。
あなたが作った目印のあるお饅頭は、わたしが食べたから。
ねぇ、雅樹に食べさせて、どうするつもりだったの?」
「……答えたくありません」
「じゃあ、雅樹に言うわね。武田さんがお饅頭に薬を入れたって」
スカートに皺を作りながら、武田さんが拳を握りしめた。
え、殴るのはやめてくれよ?
というか、武田さん、雅樹に下剤入りの饅頭を食わせたの?
無表情を保ちながら、俺は腕を組んでドアの前に立っているが、頭の中は大混乱だ。
「……じゃないですか」
「何?聞こえない」
「ずるいじゃないですか!幼馴染だから、用がなくても会えますよね?!2人だけの思い出とか、勝手に出来ていくのに…!
わたしだって、雅樹せんぱいとだけの秘密をたくさん持ちたい!
話しかけてもらいたい!
だから」
「だから、同じ痛みを、分かち合いたかった?」
シーナさんがうっそりと笑いながら、武田さんの顎に指をかけた。
「ねぇ?お饅頭教室は楽しかった?
学校で雅樹と話すきっかけが出来てよかったわね?
……それで、ずっと同じように雅樹に接してもらいたくなったの?」
「シーナさんには、わかりませんよね」
武田さんがシーナさんの指を片手で振り払う。
「何か起こさないと、話してももらえないなんて。
ねぇ、下剤ってさっきから言ってますけど、成人の分量の半分も入ってませんよ?
少し違和感を感じるくらいだったのに、どれだけお腹弱いんですか?」
嘲笑するように、武田さんがシーナさんを仰ぎ見る。
……え?武田さん?
「それに、前から疑問だったんですけど、シーナさんは雅樹せんぱいの彼女なんですか?
ちゃんとお互いに男女として付き合っているんですか?」
「……付き合ってる」
「本当ですか?雅樹せんぱい、今までシーナさんのこと、彼女って言ってないですよね?」
にいっと武田さんが笑みを浮かべる。
シーナさんが、口を引き結んで黙った。
その時、ドアがノックされた。
びくっと俺の体が震える。
え、誰?
ドアの擦りガラス部分から、誰か立っているのが見える。
急いでドアノブを押さえる。
「……は、はい、なんでしょうか?」
裏返った声で答えると、
「大河?なんでここにいるんだ?」
雅樹の声が答えた。




