17・もっと近づきたい(1/3)
「メンヘラ女子って、中学生で?」
「はい。なんか父親に気を使われているのが、実の子どもじゃないからだーとか、愛されてないとか、なんか学年の宿泊行事の時に言ってましたね。
それで、彼氏にはかなり重い女になってて」
「……父親云々は関係ないんじゃない?なんか、その人の場合、資質があった感じがするけど」
軽やかな音が響く。客が来たようだ。ちらっと横目で確認すると、麗香さん並みに綺麗な女の子だった。
迷いなくカウンターの席に座って、さっきの店員さんに話しかけている。
別に人目を気にする必要はないのだけれど、思い出した話のせいか、なんとなく構えてしまう。
「まぁ、そうなんでしょうね。
で、中学生のお互い初めての彼氏彼女で、普通が何なのかまだよくわかってないのが余計に拍車をかけてて」
「……つまり、その武田さんって女の子のメンヘラ独壇場になったの?」
「はい」
最初は気が付かなかった。
付き合っていることを囃し立てられても、あえて距離をとることなく普通に一緒にいるのはすごいなぁとか。そんな感じでしかなかったのに。
「気づけば、行きも帰りも休み時間も一緒。トイレも一緒で、女子トイレから女の子の方が出てくるまで、男子トイレの出口から出ないで待ってるとか、ちょっとした狂気でした」
「……それは、ちょっと怖いね」
落合さんが、ごくりと喉を鳴らした。
「ええ。あんまり関わり合いになりたくなかったんで、近付きませんでしたが。
親の転勤の関係で、女の子の方が転校することになったんです」
「なんかすでに怖い予感しかないんだけど」
ヤンデレ仲間の落合さんが怯えている。
さすが。
理解が早い。
「3月で転校することは決まってたらしいんですが、その前のバレンタインデーで」
「……何があったの?」
「下剤入りのチョコレートを食べさせたんです」
一瞬、沈黙が落ちる。
カウンターの方から、
「凛さん!ダメ!はい!座って!
コーヒー出来ました!」
と、犬のしつけをするような店員くんの声が聞こえた。
思わず落合さんと視線を向けるが、綺麗な女の子がモデルのようなポーズで立ったまま、店員くんを見つめている。
「…………」
何か小声で言ったようだ。
店員くんが顔をおおった。
「……なんでしたっけ?」
「とりあえず、向こうは馬に蹴られそうだから、見なかったことにしよう」
「ですね」
しばらくすると、店員くんではなく、ちょっと昔ヤンチャしてたっぽいイケオジが、コーヒーとケーキを運んできた。
「こちら、マンデリンとザッハトルテです」
「マスター、今日も美味しそうなケーキだね」
「ははは、落合さんにそう言ってもらえてひと安心です」
にっこりと笑って、すぐにテーブルから離れていった。
コーヒーをひと口飲んで。
ああ、いい香り。
インスタントコーヒーだとどうしても苦くて飲めないのに、豆からいれたコーヒーだとちゃんと味わえるのは不思議だなぁ。
静かな店内に、音を抑えたピアノの曲が流れる。
「あ、これは、なんだっけ。ビル・エヴァンだったかな」
「詳しいですね?」
「いやぁ、『アンダーカレント』っていうアルバムを持ってるだけだよ〜」
ふぅんと、音のような声で答える。
しばしの沈黙。
「………聞きますか?続き」
「………聞かせてもらおうか」
私は一度、フォークでザッハトルテを切り分け、口に運ぶ。
うん。ビターな感じが甘さを抑えてて、いい。
それから、私は視線を目の前のザッハトルテに向けたまま、話し始めた。
「簡単にまとめると、バレンタインチョコを渡す時に、
『このまま転校して離れるのがつらい。一緒に死んで』と」
「え?今、俺寝てた?なんか文脈が飛んだ気がするんだけど」
「飛んでませんよー。武田マリーの頭が飛んでただけですよー」
落合さんがドン引きしてる。
「それで、バレンタインチョコに毒を入れたから、一緒に食べて死のうって」
「……それでどうなったの?」
「即死できる劇薬は手に入らなかったので、大量の下剤を。食べられなくなれば、死ねるとか、なんか、そんな理由?」
言っていて自分でも意味がわからなくなった。
まぁ、当事者にしか分からないんだろうなぁ。
「2人ともお腹壊して、入院。そのまま武田は転校しました」
「……彼氏、チョコ食べたんだ。すごいな……」
ごくりと、落合さんがコーヒーを飲む。
「それで、彼氏の方は?」
「バレンタインの後から入院して、そのまま学校に来られなくなって転校しました。あ、マリーとは別のところですよ。その後は知りません」
「……なんか、すごいね」
呆れたように落合さんが、ケーキをひと口食べる。
うん、コーヒーとケーキの往復は、正しい。
「まぁ、彼氏の方の友だちがお見舞いした時に聞いた話らしいので、実際はもっと怖い気がします」
「知らなくてもいいよね」
「ですね」
武田麻里衣は見た目からして強かった。中学に来るだけでもフルでメイクして、休み時間ごとにヘアアイロンで巻き直していた。
何度指導されても、変えず。
だから、多江おばあちゃんの家に毎週末行くような女の子が、武田麻里衣の妹とは思えないのだ。
「あんな純朴そうな子だもの、さすがに妹じゃないでしょー」
「それはどうかなぁ。人は見た目によらないものだよ?」
読みかけの本に手を伸ばしながら、落合さんがにっこりと笑った。
(*´ー`*)こうして雅樹の中学では、菓子の持ち込み禁止となったのでした。




