15・アンバランスな日もある(2/3)
「……なんでもないよ」
「そうか?なんか変だぞ、おまえ。熱でもあるんじゃないか?」
「熱なんかないよ。
シーナが体調崩して休みだけど」
答えながら大河の机の上にあるノートをめくり、答え合わせをする。
あ、板書取り忘れてた。
そのままノートをつかんで、自分の机に引き寄せて写し始めると、
「シーナさんが?
学校休むくらい具合が悪いのか?絶対今日は来ると思ったのに」
と、さも意外そうに言った。
「エミルおじさんが止めてたけど、シーナは学校に行こうとしてたよ?
なんで?」
なんで大河には、シーナが登校するつもりだったと分かったの?
そういう意味で言ったつもりが、大河は違う意味で聞き取ったらしい。
「そりゃあ……まあ、シーナさんがいないところで、今まで親しくもなかった後輩と和菓子作ったりとか。
同じ部活の後輩って言っても、夏休み明けから急に仲良くなっていたら、シーナさんも気になるだろうし。
昨日今日なら絶対に来たかっただろうな」
「……ふぅん」
なんだか大河の方がシーナのことをよく分かっているみたいで、もやっとした。
朝もエミルおじさんはシーナを止めたり、抱き上げて運んだりしてた。
腕に巻きつかれて毎回困ってしまう僕とは雲泥の差だった。
僕はただシーナに振り回されているだけの子どもだ。
そんなことを取り留めもなく考えていたら、思考が止まらなくてぼんやりとしていた。
シーナを軽々と抱き上げられるだけの身長と筋肉を持った男に、いつか僕はなれるのだろうか。
まだ170センチにも満たない僕の身長が、これからどれだけ伸びるのかは分からない。
シーナは僕の身長があってもなくても、気にすることはないように思うけど。
だてに僕がベビーベッドに寝ていた頃からの付き合いではない。そのあたりの信用というか、感覚的な理解はある。
けれど、いつまでもシーナにとって赤ん坊ポジで居続けるのは、僕は嫌だ。
面倒を見られ続ける弟でも、ない。
それでも3歳の年の差は消えないから、どうしても別のところでシーナをカバーできるだけの力を持ちたいと思ってしまう。
思うだけで、何も成せていないけれど。
「……とりあえず、甘いミルクティーか」
「何か言ったか?」
大河と廊下を歩きながら、気持ちを収めるために呟いた。
「いや、別に」
「ふうん?今度は雅樹が体調不良とかやめてくれよ。
連動してシーナさんが大変なことになりそうだ」
「……大変なことって……何だかわからないけど、気をつけるよ」
「中間試験も近いからなー」
「え、そうだっけ?」
「さっきの授業で保科先生言ってただろ。あー、聞いてなかったもんな」
「うー。気をつけるよ」
あまりにも記憶が抜けてしまっている。
授業をしっかり聞いておいた方が後々の勉強が楽なのに。
今日やった数学のところは、今夜多めに時間をとって復習しておこう。
道場に行く前に済ませなきゃ。
想像もつかない先のことを憂いている場合じゃない。まずは目の前のことをこなさなきゃ。
授業開始ぎりぎりに、移動先の教室に入り、席に座る。
思わずため息が出た。
授業を終えて、教室に戻るために廊下へ出てしばらくすると、進行方向から1年生の集団がやってきた。
1年しか違わないのに、体の大きさや雰囲気に違いがある。
3歳差なら、これが3倍。
シーナとの年齢差は大きい。
清野さんに触発されて、筋トレしたがって荷物運びを率先してやっていた大河を笑えない。
僕も同じようなことで引っかかって、同じような対抗意識を燃やしている。
エミルおじさんの体格も力も、羨ましくて仕方ない。
「……大河は身長、まだ伸びてる?」
「たぶん、伸びてると思う。
1学期と2学期の身体測定でかなり違ったから」
「……くそう」
「雅樹も伸びてるだろ?俺の半分くらい」
「……くそう」
半笑いの顔で僕の頭をぽんぽんと叩いた。
反射的に勢いよく手をはたき落とす。
大河から視線を逸らすと、ちょうど通り過ぎる1年生たちの中のひとりと、目が合った。
「あ、武田さん」
「雅樹せんぱい!こ、こんにちは!」
「お饅頭、冷めても美味しかったよ。それじゃあ」
別方向に進む人の流れを止めない程度の短いやり取りで、僕はその場を終わりにした。
大河は困ったような、気の毒そうな顔をしていたけど、何も言わなかった。
武田さんと話したかったのかな?昨日、大河も武田さんと話すようになっていたし。
僕はそんなことを思ったけれど、大河には黙っていた。
昼休み時間に、美術部顧問の土田先生に部活を休むことを伝えに職員室へ行った。
「シーナくん、体冷やしちゃったのかなぁ」
「……なんのモデルさせたんですか?」
思わず低い声で言った。
「怖いなぁ、雅樹。
冷房が当たってたんだよ。光線……光の加減を作る関係で、時間ごとに場所を変えてたから。
男性モデルと組んでたから、少しは風除けがあった分大丈夫だと思うんだけどなぁ」
「……男性モデルって、なんですか?」
さらに低い声が出た。




