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15・アンバランスな日もある(1/3)

「え、シーナ、学校休むんですか?」


 祝日明けの火曜日、いつも通りにシーナを迎えにいくと、玄関先を掃除していたおじさんが困ったように微笑んだ。


「うん、ごめんね。お腹が痛いって。ご飯も食べられそうにないから、とりあえず休むことにしたんだ」


「そんなにひどいんですか?」


「熱もないし、吐いてもいないから。

 もしかすると、土田さんのところに行って疲れたのかもね。

 知らない人と一緒にポーズモデルしてたって言うし」


「……そう、かもしれません、ね」


「案外ただの食べすぎかもよ。

 疲れて帰ってきたのに、お饅頭食べてコーニッシュパスティ食べまくってたし」


「……たしかに」


 アリスおばさん、どれだけストレス溜まっていたんだか、尋常じゃない量のパイが籠に盛られていた。


 シーナが僕のところで居眠りをしている間にも、パイが焼かれていたみたいだし。


 僕は爽やかな朝に、なんの翳りもない顔をしているエミルおじさんが、昨日おばさんをどれだけ追い詰めたのかちょっと気になったけれど、黙っていることにした。


 たぶん、いつも通りに薄く微笑んで終わるに違いない。


 僕はエミルおじさんを見上げて、目を合わせてから頭を下げた。


「もしかすると、僕が作ったお饅頭が傷んでいたかもしれないです。

 少し持ち歩いていた時間が長かったので」


「雅樹くんもお腹を壊していたら、その仮説も可能性はあるけど。

 シーナだけだから、きっと精神面できつかったんだよ」


「……美術部のバイトも、毎日来てましたから。

 土田先生の絵のためなら、休日だけでいいのかも」


「いや!雅樹のモデルはやるの!」


「シーナ?!」


 勢いよく玄関のドアが開いて、セーラー服姿のシーナが姿を現した。


「シーナ!だめだ!今日は学校を休むって決めただろう?」


 エミルおじさんがホウキを投げ捨てて、シーナの肩を掴んだ。


「だって、学校に行かないと、雅樹のモデルをしに中学校に行けない……」


 口で強気なセリフを出しているが、話している間にも少しずつ体を折り曲げていく。


 顔色も悪い。


「……シーナ、今日は部活を休むから。授業が終わったらシーナのお見舞いに行くから、待ってて」


「……雅樹」


「何か買って持っていくから、楽しみにしてて。飲み物がいい?」


「……甘いミルクティーがいい。

雅樹が作って」


「アールグレイを煮出すやつ?」


「うん、砂糖たっぷりで」


「分かった。それまで、ちゃんと休んでて。

 治らないと飲ませないよ」


「……うん、わかった」


 へらり、と、シーナが弱々しく笑う。


 エミルおじさんが背中に手を当てて支えている。


「……シーナ、雅樹くんに『いってらっしゃい』して、ベッドに入ろうか」


「うん。

 雅樹、いってらっしゃい」


 シーナは僕の手を指先で握ると、小さく上下に振った。


 ずいぶん懐かしい仕草だ。


 僕が小学生になった時、シーナが昇降口でやっていたおまじないだ。


 僕のためというよりも、シーナが僕から離れる時の儀礼的なものだった。


「……いってきます」


 不意に切なさを感じた。


 懐かしいようであり、あの頃よりもシーナの手を小さく感じたからなのかもしれない。


 僕の手が大きくなっただけなのに。


「じゃあ、午後から大学に行くから、雅樹くん、シーナを頼むね」


 エミルおじさんはそう言うと、シーナの膝下に手を回し、もう片方の手で肩を抱き寄せると、軽々と抱き上げた。


 お姫様抱っこだ。


「シーナ、この体勢は気持ち悪くないかい?」


「……だいじょうぶ」


 開いたままの玄関扉を両手の空いたままの僕がエミルおじさんの動きに合わせて、閉める。


 パタン。


 軽やかなドアの音が、僕の耳にやけに響いて聞こえた。


 シーナを抱き上げることは、今の僕には出来ない。


 シーナの手を小さく感じても、その手を守るだけの腕力も何も、今の僕には手の届かないものばかりだ。


 190センチあるエミルおじさんに対抗しても仕方ない。


 そう自分に言い聞かせて、学校へ向かった。





 シーナのいない登校は、いつもより早く教室に着く。


 数人だけの朝の教室で、僕はぼんやりと時間を過ごした。





「雅樹、雅樹、まさき!」


 焦ったような大河の声が聞こえた。


 顔をあげると、教室中の視線が集まっていた。


 保科先生が教壇から、まっすぐに僕を見ている。


「……前の席から順番に当てていたんだが、問題はやってきたのか?」


「……あ、はい」


「問い3の答えは?」


「y=2x+3です」


「はい、正解。……体調悪いなら、保健室に行くか?」


「いえ、大丈夫です」


「無理な時は言えよ?」


「はい。ありがとうございます」


 軽く頭を下げてから、反射的に答えた所に赤ペンで丸をつける。


 ……あれ?ここまでの問題の答えが分からないぞ?


 だいぶぼんやりしていたみたいだ。


 隣の席の大河に後でノートを見せてもらおう。


 そう思いながら、また机の上に視線を戻した。


 気がつけば、授業が終わっていた。


「……雅樹?どうした?」


 大河の心配した声で、休み時間だとようやく分かった。



(*´Д`*)……ぼ〜っとする。


季節の変わり目。1日のえぐい気温差。

ゆっくり休んでね〜(*´Д`*)ノシ




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