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15・黄昏時は一瞬でやってくる(4/4)

 僕は蒸したてのお饅頭と、どう味が違うのかと、ひとつ手にとって食べ始めた。


 しっとりと落ち着いた肌のお饅頭の皮がほんのりとした甘さになり、餡子は熱くはないけれど、美味しさは変わらず。


「うーん?別に餡子も美味しいままだけどなぁ?」


「最初の1個だけよ?

 んー、でも雅樹が作ってくれたっていうのが美味しくさせてるのかも!」


「やっぱり贔屓目がすごいだけじゃないか」


 シーナのコップに麦茶を注いで、僕もお饅頭を片手に麦茶を飲む。


「そういえば、母さん、お友達と一緒にお酒飲みに行っちゃったみたいだ。

 書き置きがあった」


「うん、そうみたい。さっきは合鍵で入ったの。

 夕方に連絡あったみたいで、ご飯はうちで食べてって。

 お母さんがコーニッシュパスティをいっぱい作ってた」


「あー、肉じゃがに似てるパイだよね。僕、あれ好き」


「パイ生地作る時って、お母さんのストレス溜まってる時なんだよね……」


「またおじさんが原因?」


「うん、なんかパスポート申請の書類が破り捨てられてた……」


「おじさん、まだおばさんをノルウェーに移住させる計画、諦めてないんだ……」


 シーナが次のお饅頭に手を伸ばして、こくりと頷いた。


「ノルウェー語話せないお母さんに、頼ってもらいたいんだって……」


「おばさん、ひとりでなんでも出来る人だからね……」


「うん、お父さんはもっとお母さんに頼られたいみたいなんだけど」


 シーナが遠い目になりながら、お饅頭をかじる。



 そういえば、前に悠河さんと話していた時に、


「ヤンデレって、シーナのお父さんのことよね。あの渋いイケオジがソファでおばさまに腕を回して甘い声で口説いているのを泊まりに行った時に見ちゃったんだけど……萌えた」


と早口で言われて、ようやくヤンデレに何か馴染みがあるな、と、感じていた理由が分かった。




 おじさんはおばさんの世話を、すべてしてしまいたいらしい。


 老老介護のニュースをワイン片手に夢見るように見つめているおじさんを、おばさんはシロアリを見るような目で見ていたことがあったな。


 自立心あふれるおばさんを囲い込むって、無理ゲーだと思うんだけど。


 おじさんはまだ諦めてないみたいだ。


「お母さん、日本大好きってよく言ってるけど、絶対お父さんに牽制してるんだと思う」


「麗香さんは海外でもどこでも行っちゃうのにね……」


「うん。おねーちゃんはお母さんにそっくりだから。お父さんがいなかったら、絶対お母さんも海外旅行に行きまくってたと思う」


「シーナも海外旅行に行ったことないよね」


「雅樹と一緒に行くから、まだいいの」


 そう言ってシーナは可愛らしく、にやりと企み顔で笑った。




 気がつくと、6つあったお饅頭は残り1個になっていた。


「一応、母さんか父さんにあげようかな」


「……私がもらってもいい、けど?」


「ひとりで4個食べたよね?お腹壊すよ……。アリスおばさんが作ったコーニッシュパスティをこれから食べるんでしょ?」


「……うう。雅樹の手作り……」


「今度一緒にクッキーかクラッカー作ろうよ」


「うん、わかった。じゃあ今度の週末に……」



 週末。



「あ」



 思い出した。


 道場に運んだ大量の野菜。


「シーナ、今度の週末は合気道の道場の駐車場で、秋祭りの出店にスペース貸すんだった。たぶん、呼び出されて手伝わされる」


「えぇ〜、そんなぁ」


「シーナこそ、モデルのバイトあるんじゃないの?」


「……無い。たぶん、きっと。そうするようにする」


「……一応、勤労感謝の日と秋分の日があるけど」


「どこかは休みだと思う」


「じゃあ、空いた日に作ろうよ」


「うん」


「秋祭りは土日にあるから、シーナも食べにおいで。

 今日、たくさんの野菜を運んだから。また食べきれないくらいに先生たちが作ると思うよ」


「うん」


 道場関係者がふるまう屋台メニューで、僕にも作れそうなものがあれば、手伝わせてもらおうと思った。


 シーナが来た時にサプライズで食べさせられるんじゃないかな、と思いついたから。


 餡子を皮で包むだけの作業しかしていないお饅頭でも、こんなにシーナが喜んでくれるなら、もっと作ってあげたいな。


 麦茶を飲むシーナを見て、知らないうちに笑みが浮かんだ。


「なぁに?雅樹。何か嬉しそうだよ?」


「んー、シーナがお饅頭喜んでくれたから」


「ふふっ、初めての雅樹の手作りだもの。嬉しいに決まってるじゃない」


 シーナが嬉しそうに笑いながら、首をかしげた。


 さらりと頬にまっすぐに切り揃えられた毛先が流れた。


 あ、なんだろう。


 ちょっとだけ、おじさんの気持ちが分かったかもしれない。


 気がつかなくてもいいことに、気づいてしまったことを消すために、コップに残っていた麦茶を一気に飲み干した。


 涼やかな風が、カーテンを揺らして部屋に流れ込んできた。


 夜の空気だ。


「シーナ、遅くなっちゃったけど、夕飯を食べに行こう」


 椅子から立ち上がって、シーナに手を差し伸べると、いつも通りになれた手つきのシーナの手が重なる。


「うん」


 シーナが晴れやかな笑顔で応えた。





(*´Д`*)てってれ〜♪雅樹は えづけ の よろこび を おぼえた!



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[一言] 大人になったな、雅樹よ( ˘ω˘ )
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