1.こんなヤンデレチョロインですが、よろしくお願いします⑤
シーナが嬉しそうな顔で、僕をぎゅっと抱きしめた。
「だって、雅樹と2人で描かれた絵が、この先もずっと残るんだもの。しかも美術館に」
「え、美術館に収蔵されるの?!」
「うん。松永のおじいちゃんがわたしを描いた絵が欲しいって。
でも知らない人に描かれるのは嫌だし。土田先生なら、中学の時にも描いていたからいいかなぁって。
でも、やっぱり、ひとりでモデルは嫌だなぁって思ってて」
「それで、僕と?」
「うん……ダメ?」
シーナが少しだけ身をかがめて、上目遣いになって僕を見つめてきた。
大きな青い瞳に、それをかたどる長いまつ毛。
薄い色素が光を帯びて、とてもきれいだった。
「……ぐっ、いや、でも」
「雅樹、お願い」
シーナにかわいらしくお願いされて、ぐらんぐらんと迷いに迷っていると、廊下の方から土田先生がやってきて、重ねてお願いされた。
「俺からも頼む。
前にシーナくんをモデルにした作品を気に入ってくれた人なんだ。
美術館に収蔵されるって決まった上で描けることなんて、最初で最後かもしれない。頼む」
「いや、でも、全然僕はモデルになるような」
「頼む。妻の作品も購入してくれている人なんだ」
「いや、松永のおじいさんなら……」
「雅樹と2人の絵、わたし見たいもの」
じいっとシーナと土田先生に見つめられる。
「……えぇ〜」
松永のおじいちゃんは、貿易商で、一代で財を成した大金持ちだ。
末の息子がシーナにちょっかいをかけたことがきっかけで、仲良くなった。
呼ばれて何度か遊びに行った時に、美術館も見せてもらったことがあるが、かなり大きな美術館で、企画展になると混雑するほど有名なところだった。
そこに収蔵されるというのは、名誉なことだと聞いたのを思い出した。
それに加えて。
土田先生の奥さんは、シーナの女子高で美術教師をしていて、夫婦揃ってシーナをモデルにいくつか絵を描いたことがある。
その絵がきっかけで、職業画家としての評価が上がったことも。
シーナにつきまとう変態を追い払ってもらったりと、土田先生の奥さんにはとても感謝している。
その人にもお願いされるのは、目に見えているし。
「うーん……」
ただ、やっぱり恥ずかしい。
そこのふんぎりがつかず、尚も迷っていると、離れて見ていた大河が、素朴な疑問を投げかけてきた。
「雅樹もモデルやってるんじゃないのか?部活で持ち回りで、デッサン…?のモデルは結構大変だって、前に言ってなかったか?」
「あ、確かに」
「それじゃあ、部活動の一環で、シーナくんと2人でモデルやってくれないか?それで慣れたら、また考えてくれないか?」
「え、土田先生」
「わたしなら、いいよ。
今日みたいに、友達に校門まで送ってもらえれば、あとは雅樹と一緒だし。ね?」
「ええー…」
「今度、レーズンたっぷりのパウンドケーキ、焼いてあげるから。ね?雅樹……」
シーナのパウンドケーキ、美味いんだよなぁ……。
「………わかりました。とりあえず、部活のモデルやって、出来そうか考えます」
僕に抱きついたままのシーナが、上目遣いのまま、にんまりと嬉しそうに笑った。
かわいいから、ちょっと、離れて欲しい……。
大河が部活に戻り、土田先生が校長先生へ話をするために美術室から出て行った後。
シーナをモデルにしたクロッキー大会が始まった。
クロッキーは、3分ごとにポーズを変えるモデルをひたすら描くのだが。
「シーナ先輩!膝立ちで、右手で髪を上げてください!」
「体育座りで、ちょっと首を傾けてください!」
「きゃあ〜!たまらない……!シーナ先輩すてき…!」
「椅子に座って、足を組んで遠くを見てください…!ふわあぁ……!」
引退したはずの3年生まで、なぜかいるし。
シーナをモデルに描いたことがなかった1年生たちも、5分も経たない内に夢中で描いてるし。
「このシーナと並ぶのかぁ……」
せめて身長がもう少し伸びてからがよかった。
思わずため息を出すと、隣に立っていた後輩の武田さんが話しかけてきた。
「……シーナさんって、雅樹せんぱいの彼女ですか?」
「違うけど……幼馴染。小さい時は、結婚しようとか言ってたらしい」
「小さい時なら、無効ですよね?」
「え?」
「今は、大きな胸で、可愛くても、あと10年経てば、そうでもないかも」
「武田さん?」
「シーナさんのお菓子なら、食べるんですね。それなら、私のお菓子も食べてもらえるように……」
にっこりと笑う武田さんは、ふんわりとした髪を軽く揺らすと、ポーズを決めたまま動けないシーナに近づいていった。
そして、体をかがめて、耳元に顔を近づけると、何か囁いているのが見えた。
シーナが少しだけ、視線を武田さんに向けたけれど、何も言わなかった。
武田さんはすぐにシーナから離れ、その後は椅子に座って、みんなと同じくクロッキーを始めた。
「???」
武田さんが僕に何を言いたかったのかは、わからなかった。
けれど、何かを言われたシーナは、その日から武田さんを敵視しはじめ、モデルで中学の美術室に来るたびに、僕から離れなくなってしまうのだが……この時の僕は何も気づいていなかった。
牽制するために、美術部に行ったはずのシーナ。逆に牽制されて終わりました。
さて、どうなるのかお楽しみに!(ノープラン)