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11・土田夫妻によるシーナの受難(3/3)

 土曜日の朝。


 いつも通り稽古のために、道場に向かう。


 つもりで、玄関のドアを開けると。



「さあ、いきましょう」


 ミセス土田がシーナの手を握って立っていた。


 場所は、シーナの家の玄関前。

 朝の9時から一体何が……。


 呆気にとられて、僕が立ち尽くしていると、


「あら、雅樹くん。おはよう」


 優雅にカールされた髪を揺らして、広いツバの帽子をかぶったミセス土田が僕に気づいた。


 シーナは、まだパジャマ姿のままだ。


「お、はようございます……。あの」


「雅樹!たすけて!」


「だめよ。今日は滅多に貸して貰えない被服学科所蔵の古代衣装の複製が使えるのよ。

 朝からモデルをやらなくてどうするの」


「あの、シーナがまだパジャマなので、せめて着替えを」


「大丈夫、私の家にいけば、メイク道具も、服もご飯も、全部あるから。

 シーナ……あなただけが、その身一つで、私のところへ……来てくれればいいの」


 少し低めの艶っぽい声で、ミセス土田が囁く。


 セリフと声色だけを聞くと、どこかの夜景の見える部屋に誘うかのような、相手をリードする大人の女性の雰囲気が漂う。


 けれど、実際の情景は、散歩に行きたくないワンコのリードを引っ張っている飼い主にしか見えない。


 シーナが青い目をうるうるさせているが、大きなたれ目を物憂げに伏せるミセス土田は小揺るぎもしない。


「モデルは、雅樹がいるから、やってるんです!」


 シーナが必死に腕を伸ばして、繋がれた手を振り解こうとしているが、ぶんぶんと振り回しているだけで、なんの抵抗にもなっていない。


 なんで先週に続いて、今週もシーナが連れ去られることになっているんだろう。


 僕がそろりそろりとシーナの方に近づいていると、


「今まで断っていたポーズモデルを始めたと知ったら、周りが動き出すに決まってるでしょう?」


 ミセス土田が、にっこりと典雅な笑みを浮かべて、僕を見た。


 思考を読まれたようで、怖い。


「さあ、拒否権はないわよ。車に乗りなさい」


「いーやーでーすぅ〜!

 雅樹!たすけて!」


 シーナは両足に力を入れて、ミセス土田に抵抗している。


 ふっと、ミセス土田が僕と視線を合わせると、ゆるく、片方の口角を上げた。


 そして急に、ミセス土田が引っ張っていた腕を、急にシーナの方へと動かした。


 後ろ側に体重をかけていたシーナの重心が崩れる。


「シーナ!」


 荷物を投げ捨てて、僕はシーナの後ろへ向けて駆けた。


 けれど、距離はどうにもならず、シーナが尻餅をつく。


 背中と頭を打ってしまわないようにと、急いでシーナの背中から脇へと手を伸ばす。


 倒れ込むシーナの脇の下に、右手が間に合った。


 ぎゅ、と、シーナの体をつかむ。


「…………!まさ、き!」


 柔らかい感触が右手にある。


 シーナの頭が、僕の目の前にある。


 と、いうことは?


「あらあらまあまあ」


 ミセス土田がつややかな口元に、そっと手をあてた。


 とても嬉しそうに。


「朝からずいぶん、破廉恥ね」


「え?」


 企みが成功したような微笑み。


 この柔らかなものは。



 シーナの胸。


 しかも、パジャマ姿だから……。


「ご、ご、ごめん!!」


 慌てて手を離すが、感触が消えない。


 いつも腕にあてられているけど、なんか、今のは。


「女性のブラジャーって、結構、防具の胸当てみたいにしっかりしてるわよね」


「土田先生!」


 後ろから見ても、シーナの首筋が真っ赤に染まっているのが分かる。


「ふぅ……。いいわね、アオハル。

 10代の不慣れなふれあいって、今思うとレアよね」


 それを嬉しそうに見つめるミセス土田。


 確信犯だ。


「……ミセス土田、わざとですね?」


「あら、何が?

 雅樹くんも見ていたでしょう?

 シーナが素直に来ないから、ちょっと手を引いてみただけよ」


「………大学時代の合気道って、何習ったんですか」


「もちろん、痴漢撃退」


 だめだ。


 ミセス土田に正面からいっても、なんの手応えもない。


「それより、ねえ」


「なんですか」


「ここ、大丈夫?」


 茜色の口紅をさした唇の上の方をちょんちょん、と、人差し指でタップした。


 視線は、僕の顔。


「え?」


 左手をそっと鼻に近づけると、何かが手についた。


 見れば、血の色。


「……うわ」


「雅樹?」


 ミセス土田の方を見ていたシーナが、僕の声に反応して振り返ろうとした。


 その頭を右手で止める。


「ま、雅樹?!」


「シーナ!まっすぐ前を向いてて!」


 僕は鼻をつまんで、急いで自宅の玄関に逃げ込んだ。


 閉じたドアの向こうからは、シーナの悲鳴と、ミセス土田の楽しそうな笑い声が聞こえた後、自動車のドアが閉まる音が響いた。






「……雅樹くん、体調悪いの?遅刻なんて珍しい」


「いえ、大丈夫です。

 むしろ血が余っているくらいなので、稽古やります」


「そう?無理しないでね?」


 鼻血が止まってから、合気道の道場へ向かうと、稽古前の準備を終えた玉城さんに本気で心配された。


 その後、僕は明鏡止水の境地に辿り着こうと、ひたすら稽古に励んだ。




(*´Д`*)おっと、とばっちりで雅樹にも被害が。

いや、ラッキースケベに分類すべきかな?

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[一言] ラッスケキターーー!!!!(大歓喜)
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