1.こんなヤンデレチョロインですが、よろしくお願いします④
ふと、思いついて土田先生に聞いてみる。
「最近、1年生で入部してきた子って、転校生ですか?」
「うん?そうだね。よく知ってるね」
「……あー、そうだったんですね。あー」
「親御さんがまたこっちの方に転勤になったみたいで。その子のお姉さんは、シーナくんと同級生だったなぁ。卒業前に転校したから覚えているよ」
「へー、そーなんですねー」
俺は遠い目になりながら、シーナさんがその転校の話に絡んでないといいなぁとぼんやり思った。
本当にシーナさんの周囲は怖いから。
そう思ったところに、シーナさんがやってきた。
ひとりで。
美術準備室に。
「え?ひとりでここまで来たんですか?そのセーラー服のままで?」
「卒業生が知り合いの先生のところに来るのに、何か問題でも?」
「……いえ、ないっす」
やばい。
すでにシーナさんの目がやばい。
これは本当に雅樹に言わないで、ひとりでここに来てる。
「あの、俺、雅樹がこっちに来ないように、美術部の方に行ってますね」
俺の中の生存本能が、すぐにここから出ろと俺に叫んでいる。
なんかわからないけど、シーナさんがやばい。
目を合わせないように、美術準備室から出ようとした。
だが、遅かった。
「あああ!美の女神!シーナ様!」
高身長イケメンの土田先生が、床にひざまずいた。
片膝立ててるからかっこいいけど、それ以外が残念すぎた。
「はぁはぁ、やはり美しい…少女という儚さの中にある透明感!光を閉じ込めたような金の髪に、宝石のように煌めく青い瞳…!霧に満ちた乳白色の朝を感じさせるその白い頬…!艶やかさを増した6月の赤い薔薇のような唇…!」
「ねぇ、気持ち悪いからやめてくれる?それより、雅樹に女が近づかないように、ちゃんと生徒を堕としておきなさいよ」
「はいっ!申し訳ありません!お仕置きをお願いします!マイプリンセス!いえ、じょうお」
俺は準備室のドアをきっちり閉めて、廊下に出た。
また、知らなくてもいいことを知ってしまった…。
それに、ひざまずいた長身黒髪イケメンを姿勢良い立ち姿で見下ろす金髪碧眼のセーラー服美少女…。
無駄に絵になるから、恐ろしい。
脱力したまま、隣の美術室へ行くと、
「あ、重いから待つよ。戸棚を開けて」
「はい!ありがとうございます…!」
ちょうど、雅樹が紳士的に女子の手伝いをしているところだった。
何気ない中学生活の日常のやり取りが、これほど清々しいものに思えたことがあっただろうか。
入り口のドアに寄りかかって、ぼうっと眺める。
雅樹は変に気取ることもなく、照れることもなく、当たり前に後輩の女子と話している。
そうなんだよな。雅樹は物心つく前からシーナさんと一緒だったから、女の子への対応に照れがない。
当たり前のようにドアを開けたり、手伝ったりする。
それだけでも中学生男子としては高得点だろう。
それに加えて。
シーナさんによる育て方もよかったから、身だしなみもきちんとしているし、常に清潔感がある。
俺はあまりイケメンとかそういうものの基準はわからないけれど、土田先生とかイケメン扱いされている人たちと比べて、雅樹はそれほどひどい顔立ちでもないと思う。
とりあえず、顔でからかわれることはないな。
「……まぁ、モテるよなぁ」
今さらながら思春期真っ只中の集団の中で、雅樹は良く見えてしまうことに気づいた。
「これはシーナさんも必死になるわけだ……」
頭の中で姉の悠河が、「雅樹くんはモテるに決まってるー!」とドヤ顔をしていたのが蘇るが、なぜ姉が得意気になるのか分からない。
あの人、シーナさんと雅樹のカップリング至上主義だからなぁ。
それに、雅樹だって、シーナさんを守るためなら後先考えずに行動するし。
小学生の時に聞いた、誘拐犯の車をぶっ壊した奴がまさか同い年とは思わなかったし。
「お似合いだから、このまま早く結婚してくれないかなー」
法的拘束力を伴ってくっつけば、少しは平和になるだろう。
まあ、俺はなんだかんだ雅樹の味方だから、シーナさんの手伝いも雅樹のためになることならと思って、やっている所もある。
出来ることなら。
「……シーナさんと対立しないまま、一生を過ごせますように」
親友のハッピーエンドと、自分の身の安全のために、強く強く心の底から祈った。
***
ふと、視線を感じて振り返ると、美術室の入り口に大河が立っていた。
「あれ?部活中じゃないのか?バスケ部休みだったっけ?」
「ちょっと顧問に頼まれて。土田先生のところに用事があって来てたんだ。これから部活には戻るけど、雅樹が見えたから寄ってみた。
そんで、今は何描いてんの?」
「石膏像のマルス。これ」
「おお、腹筋すげえな」
「大河ならあるんじゃないか?」
「どうかなぁ」
ぺたぺたと腹を触っている大河の後ろから、見慣れた金髪が見えた。
「え、シーナ?なんでここに?ここまでひとりで来たの?!」
「んーん。ちゃんと友だちに校門までついてきてもらったよ。ちょっと土田先生にモデルを頼まれて」
「え!またやるの?」
「雅樹が嫌なら、やめるよ?」
青い目で僕を試すように、シーナが見つめた。
ちょっと、もやっとするけど、それは言えない。
それに、前に見た土田先生が描いた油絵のシーナはとても綺麗だった。
それにも、ちょっとだけもやっとするけど。
でも、僕が困っているといつも助けてくれる土田先生に、そんなことも言えない。
そもそも、今の僕の画力では、シーナを描ききることができない。
「……いいんじゃないの」
「ほんと?じゃあ、雅樹も一緒にモデルになってね!」
満面の笑みで、いつものようにシーナが僕に抱きついてきたけれど、ちょっと待って。
「え?僕も?」