9・週明けの月曜日は面倒くさい②
「おねーちゃん、うるさい!
早く帰って!」
「嫉妬深い女は嫌われるわよー。
はいはい、帰る帰る。
夏樹、待ってようかと思ったけど、ダメみたいだし。
朝ごはん食べたら帰るわ。
あ、でも、また来ようかしら。
お饅頭大会終わったらね♡」
「もぉ〜!うるさい!
じゃあね!
いってきます!」
「はいはい、いってらっしゃーい」
にやにやと笑う麗香さんは、シーナが靴を履いている隙に、僕の肩を掴んで引き寄せると、
「シーナ以外の女の子も、ちゃんと知った上でシーナを見るのよ」
と、囁いた。
すぐに僕をシーナの方に突き飛ばすと、ひらひらと手を振って、リビングの方へ行ってしまった。
「おねーちゃんに何言われたの」
ぶすっとした顔でシーナが言う。
「んー?よくわからない」
どういうことなんだろう。
別にシーナ以外の女の子だって、学校に行けばたくさんいるし、それなりにクラスメイトとして知り合いになってはいるし……。
僕が考えこむような顔をすると、シーナは慌てたように腕を引っ張った。
「いーよ!考えなくていいから!ほら!学校行こう!」
「あ、うん、そうだね」
僕はシーナに引っ張られるようにして、玄関を出た。
けど。
そこから先が進まなかった。
「カレー食べたの?」
「美味しかった?」
「おかわりしたの?」
「おばあちゃんが一緒にいたの?ほんとに?」
いちいちシーナが質問をするたびに、シーナの気が済むまで答えさせられる。
「カレーご馳走になっただけで、たいしたことなかったから、ほら、止まらないで、シーナ」
「や」
「え?」
「いーやっ!」
「シーナぁ?」
僕の左手を両手でとると、そのまま胸を押し付ける形で、腕にからまってきた。
そして、僕の横に並んで離れようとしなくなったのだった。
「……ほら、校門着いたから」
「むー」
「今日もモデルに来るんだろ?」
「行くけど」
「髪型変えたんだから、そんな顔しないで」
「似合ってる?」
「え?」
「かわいい?」
「……か」
「かわいい?」
「髪型がね!」
顔を近づけてきたシーナの手を振り払って、僕は自分の通う中学の方へと走り出した。
最近、逃げてばっかりだな。
玉城さんとか、麗香さんとか。
……いや、誰でもあの人たち相手なら逃げるか。
僕はシーナと同じ制服を着た女の人たちが向かう方とは反対へと、勢いよく走り抜けた。
***
雅樹が珍しく遅刻ギリギリに教室に入ってきた。
「……大河、おはよ」
「息が切れてるぞ。おはよう」
はあはあと息を乱しながら、カバンから教科書を出している。
「……シーナが、歩くのを邪魔して」
まぁ、シーナさん絡みだろうなぁ……とは、思ってた。特に言わないだけで。
昨日、ゲームしながら雅樹が説明してた内容、シーナさんはほとんど聞こえてなかった感じだったし。
色々引っかかる所はあるだろうなぁ。
一緒に行くことになった姉の悠河は、シーナさんとは真逆で、前のめりに食いついていたし。
「その子のおばあちゃんじゃないの?知り合い?」
「私もシーナと行っていいんだよね?」
雅樹には平和的な質問しかしてなかったのに、家に帰ってから物騒なことばっかり俺に言ってきたし。
「シーナを押しのけて、雅樹くんの彼女になろうっていう魂胆じゃないか、私が見極めてやる」
「なんなら、失恋しやすいように、シーナと仲の良い雅樹くんを見せつければいいのよね」
「大河、あんた、その子を落としなさい」
彼女がいたこともない俺に無茶振りするな。
ブチ切れて、その後クッションを投げつけたけれど。
当日は姉の方を監視しなければ。
俺はそう心に固く誓った。
その日は教室移動があった。
だらだらと理科室へと向かう。
「そういえば夏樹さん、大丈夫だった?」
「うん。無事に死んでた」
「……そうか」
シーナさんですら怖いと思うのに、それを上回る麗香さんにずっと片想いしている夏樹さんは、ある意味で英雄だと思う。
何があれば、あそこまで怖い人に惚れることが出来るのだろうか。
恋とか愛とか、本当に意味がわからない。
わからないのに、なんでか巻き込まれている。
その当事者の雅樹は、俺よりも恋とか付き合うとか、そういうことがわかっているんだろうなぁ。
同い年だけど、シーナさんとの長い付き合いがあれば、自ずと差が出てくるのは当然だろうし。
ただ。
「……同じ兄弟で同じ姉妹相手なのに、どうしてここまで結果が違うんだか」
「ん?大河、何か言った?」
「いや、何も」
首を横に振る。
言ってもどうにもならないことは、世の中には多い。
俺はそっと心の中で、夏樹さんの冥福を祈った。
その時。
俺たちが向かう教室から、前の授業でそこを使っていた生徒たちが出てきた。
暗い廊下に、白い夏服のシャツは目立つ。
何人かの女子生徒のようだ。
片付けでも先生に頼まれていたのか、隣の準備室へと、ひとり向かった。
そして、他の子たちがこちらへ向かってきた。
「あ、雅樹せんぱい!」
その内のひとりが、俺たちの方を見て、声をあげた。




