7・勝手に来た人に来る予定の人をぶつけてみる②
「なぁ、なぁ、雅樹〜。何か欲しいものあるか?
お兄ちゃん、買ってやるぞ。
一緒に駅の方へ買い物に行こうぜ!」
「いや、特に無いからいい。
それにこれから友だちとシーナが来るから、ご飯食べる。邪魔」
「邪魔ってなんだよー。
せっかく美味しい駅弁色々買ってきたのにぃ。にいちゃんを敬えよぉ〜」
ゴロゴロとソファの上で自己主張する兄を放置して、テーブルの上にあるビニル袋から駅弁をいくつか取り出す。
うーん。
サンドイッチと肉そぼろにしようかな。
「兄貴はご飯食べたの?
味噌汁よそうけど」
味噌汁の入った鍋をコンロにかける。
父さんも母さんも出かけているから、昼は兄と2人だけだ。
相手するの、めんどい。
「起きたのが遅いからまだいらないなぁ〜。
兄ちゃん、新幹線の中で食べたばっかり」
「ふーん」
じゃあ、放っておこう。
僕は自分の分だけ味噌汁をよそい、テーブルに座ってご飯を食べ始めた。
「かまえよぉ〜。無視するなよぉ〜。
久しぶりの兄ちゃんだぞ?
何かお話してよ、ま、さ、きくーん」
「ご飯食べてるから」
リモコンでテレビのスイッチを入れて、適当に番組を流す。
「あ、ほらほら、ここ行ってみるか?
車ならレンタカーあるし。
なんならバスで行っちゃう?」
「行かない」
さっき、大河が来るって言ったのに。
あ、シーナが来るって言ったから、対抗してきたのか。
いや、それなら先ずは事前連絡とアポイントメントを覚えようか?
だらだらとソファに寝転びながら、兄はつまらなさそうに真っ黒いウサギのぬいぐるみをいじりはじめた。
「なーんでだよぉー。兄ちゃんさみしー」
「数ヶ月も帰って来ないし、前もって連絡も寄越さないくらいなんだなら、寂しがってないじゃん」
「だって、電話しても雅樹はすぐ父さんや母さんに代わるしぃ、スマホ持ってないから個人的なやりとりないしぃ。
手紙、書けばいい?」
「やめて」
実の兄から手書きの手紙が届くなんて、気持ち悪さしかない。
その上、返事を書くまで執拗に電話をかけてきそうで怖い。
さっさとご飯を食べよう。
僕は無言のまま、肉そぼろを口に運び続けた。
それから、1時間後。
「大河くん、バスケ部なんだ。うん、そんな感じするね〜。
あ、これ、お土産のお菓子。ふわっとしてるのと、カリカリってしてるのと、サクッとしてるのあるから。
食べて食べて〜。
コーヒーがいい?それとも紅茶?あ、サイダーとかジュースの方がいい?」
「いえ、大丈夫です」
「今、どの辺やってるの?中学生までなら教えられるよ。
一応、大学生の時に家庭教師やっててね」
「ねぇ、勉強するからあっち行ってよ」
兄がうざい。
大河も初対面で、ぐいぐい来られて引いてる。
リビングのテーブルに、ノートと教科書と問題集を広げて、シーナが帰ってくる前に勉強を済ませようとしていたのに。
邪魔。
「兄貴、ほんっとに邪魔だから、ちょっとどこか行ってて」
「さっき帰ってきたばかりなのに!」
「だって、うるさいんだもん」
「ひどい!」
僕は眉間に皺を寄せて、口を横に思いっきり広げて、ため息を吐いた。
「……うるせぇ」
「あの……お兄さん。雅樹、本気で嫌がってますから。
関節技きめられたくなかったら、本当に黙ってた方がいいですよ」
「え、あ、うん、わかった。
じゃ、あっちでコーヒーいれてるね。豆から挽いちゃうから、うん」
こそこそと兄はリビングから出ていくと、台所の方でごそごそと豆や紙フィルターを探し始めた。
オープンキッチンだから、音が丸聞こえなんだけど。
まぁ、いいか。
物音だけなら我慢できる。
「……で、終わってないとこ、どこ」
「あ、ああ、うん、雅樹は全部終わったの?」
「うん。昨夜はシーナもいなかったし」
「スケッチしてんの?」
「うーん……どうしようか迷い中」
「文化祭の展示なら間に合うんじゃないか?」
「うん、まぁ。
あ、ここ、何日か前の問題の解き方と同じ」
「………あー、うん、わかった。ちょっとやってみる」
カリカリとシャーペンの立てる音だけが聞こえる。
しばらくして、台所の方からコーヒー豆を挽く音と、お湯が沸く音が聞こえてきた。
コーヒーの香りがリビングにまで届く。
兄はひとりでコーヒーをおとなしく飲んでいるようだ。
黙っていれば、手先が器用な料理上手な人なのに。
アロマのようなコーヒーの香りに包まれながら、大河と2人で夢中になって問題を解いた。
悠河さんが1時間遅れでくるらしいから、とにかく集中してやるしかない。
シーナが帰ってくるということは、麗香さんも一緒だから。
絶対、その後は勉強なんかしていられない気がする。
なんとなくだけど。
経験則で、わかってる。
僕は最後の長文読解問題に、とりかかった。
内容は、子どもの頃から片想いをしていた年上の女性が、働き先でみそめられて玉の輿になるのを複雑な心境で受け入れようとしている男主人公の話だった。
うーん。
中学生にはちょっと難しくないか、これ?
いまいち、主人公に共感できないまま、なんとか問題を埋めていく。
「……終わった」
最後の一文を書き上げている間に、大河は数学の課題が終わったらしい。
そのまま、リビングの床に倒れ込んだ。
僕も書き終えて、シャーペンを置いた途端、玄関のインターホンが鳴った。
その音が消える前に、シーナがリビングの扉を開けて、部屋に入ってきた。
「雅樹、ただいま!」




