7・勝手に来た人に来る予定の人をぶつけてみる①
日曜日の昼近く。
道場から家まで帰る道。
自転車を走らせていると、カップルが歩いているのを何度か見かけた。
あれが付き合っている人たちか。
今までは特に気にすることもなかったけど、改めて見てみるとあんまり腕を組んでいるカップルはいない。
手を繋いで、楽しそうに嬉しそうに2人で顔を何度も見合わせながら、歩いている。
「うーん………」
なんだろう。
何が、とは、具体的には言えないけれど、シーナと僕では何か違う気がする。
付き合いたての初々しさ?
違うな。
そういうんじゃなくて。
なんだろう。
もやもやと答えが出ないまま、自転車を走らせていたが、幹線道路の横断歩道の信号機でひっかかった。
自転車を止めて、ぼんやりと信号機の上に広がる青空を眺めた。
「ライバル……」
シーナの話って、玉城さんと何を話していたっけ。
そんなに負けたくないとか、ライバル視しているような話しかしていなかったっけ。
「うーん……」
信号機の色が変わり、僕はペダルに乗せていた足に力を入れる。
一瞬だけ、自動車よりも前に出る。
そして、あっと言う間に抜かされていく。
自転車専用レーンを走りながら、しばらくは幹線道路沿いに進む。
何台目かの車は、恋人のような男女を乗せた小さなオープンカーで、聞き取れない会話をしながら、僕を追い抜いていった。
まとめ髪の女の人は、ほつれた髪をなびかせながら、楽しそうに笑っていた。
運転席の男の人は、視線を前に向けていたけれど、一瞬だけ助手席の女の人に顔を向けて、笑っていた。
お互いに蕩けそうな笑みで、見つめ合う。
その笑みが、互いを恋人だと雄弁に語っていた。
笑み。
僕はぎゅっと、ペダルに力を込めた。
シーナを見ると、いつも自分の足りなさを感じる。
見慣れたシーナの顔は、少しだけ僕が見上げる角度。
高校生の勉強は、僕には分からない。
シーナが覚えていることでも、僕には記憶に無いことがたくさんある。
エンジンの音と、僕を追い抜いていく車の風。
歩道を歩く人たちよりも、自転車の僕の方が早い。
でも、自転車専用レーンを走り続ける僕は、絶対に自動車には勝てない。
スピードを上げて、自転車を走らせる。
何も考えない。
ただ自転車をできる限り早く走らせる。
何も考えないように。
汗が額から滑り落ちる。
拭わずに、両手は自転車のハンドルを掴んだまま、漕ぎ続ける。
大きく息を吸い込むタイミングで、真っ黒い排気ガスを吐き出す工事用トラックが通り過ぎ、僕は盛大に咳き込んだ。
そのまま幹線道路から曲がり、住宅が並ぶ道に入った。
咳をしながら、通行人を避けて走ると、家族連れを見つけた。
穏やかな空気をまとい、赤ちゃんを抱っこして歩く夫婦と小学生くらいの女の子。
シーナと僕は、恋人同士というよりも、ああいう家族のような空気感があるのかもしれない。
結婚をするということは、家族になること。
それなら、家族になれそうな仲であることは、いいことだと思う。
お互いに信頼して、互いの両親とも良好な関係を築いている。
何も問題は、ない。
シーナと僕は、きょうだいじゃないし。
血のつながりは無いから、結婚ができる。
うん。
何も問題は、ない。
今まで通りに、毎日の積み重ねを繰り返して、シーナを守れるような大人の男になる。
それくらいしか、今は行動できないから。
昨日はシーナがいたコンビニの駐車場を通り過ぎ、ようやく顔から流れる汗を手で拭いた。
「まだ暑いなぁ……」
帰ったら昨日の残りの炭酸を飲もう。
その後にシャワーを浴びて、ご飯を食べたら昼寝だ。
起きたら、大河が来て、シーナが帰って来る。
いつもと同じ。
今まで通り。
滑らかに段差のないところを通り抜けて、家の脇に自転車を停める。
稽古着の入ったカバンをカゴから取り出し、玄関に入る。
「ただいま〜」
「雅樹、おかえり!」
「………え?なんで兄貴がいるの?」
聞きなれない男の声に顔を上げると、数ヶ月ぶりの兄が立っていた。
なんか髪の色がチャラくなってる。
「なんで、って。ひどいなー、雅樹。
お兄ちゃんが帰ってきたんだよ!
お土産は?とか、会いたかったよ!とか、照れずに言えよぉ〜」
「え、いつまでいるの?」
「そうか、そうか。そんなに帰って欲しくないか。
大丈夫だ、雅樹!来月にまた来るから!」
「また来るの?何をしに?」
「雅樹に会うためだよ!」
「いや、いいよ。別に」
真顔で包み隠さない本音を言って、そのまま兄の横を通り過ぎた。
あれ?
なんか目線が近いな。
「雅樹、身長伸びたんじゃないか?
さすが成長期だなぁ〜」
リビングを通り、冷蔵庫を開けてグラスに炭酸飲料を注ぐ。
念の為に、シーナが作っていったプリンを兄に見つからないように奥の方へ移動させる。
食われてたまるか。




