6・電話相談ののち氷解、ところにより肘打ち③
翌日、午前の稽古を終えて、清野さんと掃除道具を片付けながら雑談をする。
内容は、本部の人たちも含めた前夜の飲み会の報告だった。
「雅樹くん、本部の人たちは紳士的な飲み会だった」
「なんの話ですか」
「他大学の友だちが、サバ缶一気飲みとかさせられるって言ってたから、何が起こるのかと思ってたんだけどさぁ」
「ちょっと待ってください。サバ缶は飲み物じゃないですよ」
「うん。俺もそう思う」
「あと、合気道部のイメージがおかしいです」
「友だちが言ってたから」
「大学って何ですか」
「己で学びを問うところだよ」
清野さんの会話の振り幅は広い。
なんでサバ缶の一気飲みが合気道やってる人たちには普通だと思ったのか。
そもそもそれは酒ですらない。
「……怖がってた理由って、サバ缶ですか」
「うん」
「僕は聞いたことないですよ」
「玉城さんもそう言ってた」
「でしょうね……」
脱力しながら、雑巾を干し終わって稽古場に戻ると、玉城さんが戻っていた。
「あ、本部の方々、帰られましたよ」
「お疲れ様でした」
「高校生になったら、雅樹くんにも手伝ってもらうからね」
にっこりと笑う玉城さん。
目が笑ってない。
「……そんなに大変なんですか?」
「大変って言うか、緊張するって言うか。子どもの時は分からなかった凄さがわかると、あわわ〜ってなるかな」
「そうなんですか?」
玉城さんは小さい時からここの道場に通っているから、ほとんどの先生たちと顔見知りだ。それでも緊張するほどの何かに気づくってなんだろう。
「うん。体がというより、頭が疲れたかなぁ。甘いもの食べたーい」
両腕をぎゅうっと上に伸ばして、玉城さんが叫ぶ。
それを聞いて、僕は思い出した。
「あ、今度、お饅頭作りに来ませんか?
この近所の人に誘われて。
何人かいた方がいいって言われたので、僕の友だち2人だけじゃちょっと少ないかもしれないので」
「お饅頭?作って食べるの?」
「はい」
「それ、俺もいいの?」
「あ、よければ。ぜひ」
清野さんにそう答えると、
「じゃあ、雅樹くんの友だちのシーナくんも来るんだ」
と、言われた。
「は?」
「シーナ……くん?」
僕と玉城さんから不思議な声が出た。
それを気にすることなく、大きな体を揺らしながら楽しそうに笑う清野さん。
「いっつも玉城さんと友だちのシーナくんの話してるからさぁ。俺も会ってみたいなぁって、前から思っていたんだよね」
「……シーナの話、そんなにしてましたっけ?」
「してた、してた。身長がもう少しだけど、抜けないとか。勉強が出来る相手だから負けたくない、とか。親友と書いてライバルと読む!っていう感じの友だちなんだろ?
楽しみだな〜」
「……そんなイメージだったんですか?」
「うん。いっつもそのライバルに負けたくないっていうことを玉城さんに相談してるじゃん」
「いや、それは」
僕が清野さんの勘違いを訂正すべく、1歩前に踏み出した途端。
「そうなの。雅樹くんが倒すべきライバルなの!」
「ぐっ……」
玉城さんに鳩尾を肘打ちされた。
それ、ただの暴力……。
掃除したばかりの畳の上に崩れ落ちると、後ろの扉から先生たちが、
「早く帰れ〜。施錠するぞ!」
と叫んできた。
「はーい。帰りまーす」
元気に玉城さんが答えると、僕の襟元を掴み上げて、顔を近づけると小声で言った。
「勘違いのひとりドッキリは面白いから、そのままにしようね♡」
蛍光灯の下、逆光の中での笑顔は怖いです。
「……はい」
「じゃ、帰ろっか」
「雅樹くん、倒れちゃうほど稽古しちゃだめだよ。着替えたらさっさと帰ろ」
心配そうに僕に肩を貸す清野さん。
違います。
玉城さんに倒されたんです。
そんな事は言える訳もなく。
「……はい。まっすぐ帰ります。
清野さん、ありがとうございます」
長身の体を猫背にして、肩の高さを僕に合わせて歩く清野さんに、丁寧にお礼を言うことしかできなかった。
ちくしょう、いつか清野さんと同じ高さで肩を並べてやる。
着替えた後に、駐輪場で玉城さんと清野さんの都合を聞いたところ、2人とも用事がない日が敬老の日の祝日だけだった。
「おばあさんの家にお邪魔するなら、敬老の日って、孫とか来るんじゃない?」
「あー……そうかも。全然考えてなかったです」
「今月はその日だけだなぁ。俺もバイトがあるし。来月は?」
「それだと、シーナと僕が入れ違いで中間試験がありますね……」
「大学も始まるから、今月の方がいいんだけど」
「一応、聞いてみます。今週中には決められると思うので」
「うん。じゃあ、私もスケジュールは空けておくから。
今週は稽古に毎日来るから、決まったら教えてね」
「はい。よろしくお願いします」
「あ、俺、帰省するから玉城さん、連絡ちょうだい」
「いいけど……連絡先知らない、よね?」
「じゃ、今、登録しちゃっていい?
あ、雅樹くんは帰って休んで。あんまり無理しちゃだめだよ」
「……いえ、あれは」
「そうだね、雅樹くん。帰って休みなよ、ね?」
年上っぽく僕を労わる清野さんと、きれいな笑みを浮かべた玉城さん。
シーナが金髪碧眼の美少女だというネタバレを玉城さんは死守するつもりだ。
むしろバラしたら、僕が死ぬ。
「……はい。お先に失礼します」
僕はそっと鳩尾に手を当てながら、後ずさった。
玉城さんから視線を外さないまま自転車に乗ると、間を空けずに僕は遁走した。
(*´ー`*)肘打ちで鳩尾。ダメ。絶対。
次は12月9日(金)の予定。たぶん……。




