6・電話相談ののち氷解、ところにより肘打ち②
武田さんにシーナと姉弟みたいだと言われて、そうなのかなと揺れ動いた気持ちは、大河の言葉であっさりと消えてしまった。
「姉ちゃんがシーナさんみたいに腕組んできたり、お菓子作ってきたら、絶対に何か企んでると俺は判断する」
電話口できっぱりと言い切る大河。
確かに。
悠河さんが大河の世話を焼いているのを見たことがない。
ひたすら頷くしかない。
「うちは兄貴だけだし、シーナと麗香さんは姉妹だけどべったりだから。
普通があんまり分からなくて」
言い訳のように言葉を並べる。
「シーナさんみたいなお姉さんって、俺、見たことないけど……いるのか?弟にべったりの姉って。
しかも、高校生で中学生の弟を?
…………ないんじゃないかぁ〜?」
「悠河さんが貸してくれた漫画とか、ラノベにいたけど」
「現実にいないからこそのラノベじゃねぇの?知らんけど」
「……う、まぁ、そうか」
悠河さんに借りたヤンデレな姉と弟の話あったけど、実際にあるかって言われると……ないか。無いな。
あ、それに義理の姉の設定だった。
同じ本を読んでいたと分かって会話が盛り上がった同じ美術部男子たち。フィクションだって。
フィクションだよな。
うん。
何かひとつ大人になったような、改めて確認することでもないような、乾いた気持ちを少しだけ感じた。
ちょっと遠い目になりながら、大河の声を聞く。
「中学で見るような付き合っているカップルの感じではないから、幼馴染とかきょうだいってことになったんじゃないか?」
「中学で付き合ってる人たちって、だれ?」
「え〜と、うーん。雅樹は知らない……な。同じバスケ部の先輩とかいるの見たけど……。
部活終わりに待ち合わせしてるだけで、照れたり、会話がぎこちないっていうか、初々しいっていうか……」
「それは……シーナと僕には、無い、なぁ」
「そういう感じが付き合っている雰囲気って言うなら、違うってなるんじゃないか?
それできょうだいって言ったんだろうけど。リアルな姉と弟は、そもそも手を繋がないし、腕も絡ませない」
「……大河と悠河さんって、仲は良いよね?」
「比較的いい方だと思うけど?
従兄弟たちは、ものすごい殺伐としてたけど」
「そうなの?」
「うん、部屋に入っただけて、ふつーに姉と弟で喧嘩になってた」
「部屋に入っただけで?!」
「うん。ひどいと殴る蹴るが始まる。だから、普段はどっちの部屋も互いに不可侵で」
「そうなんだ……」
真っ黒いウサギのぬいぐるみを抱っこしたまま、ソファに倒れ込んだ。
僕の兄は10歳上だから、ものごころついた頃には家にいなかった。
合気道を習ってからは……いたかなぁ?
いや、あの時は時間差で心配されて、変な感じだったから、いないな。
兄弟はいるけど、ひとりっ子の感じが強い。あんまり兄弟のやりとりが日常ではない。
「あー、そうかぁ〜」
大きいため息を吐くと、大河が不思議そうな声を出した。
「なんだ?」
「あー、兄はいるけど、兄弟としての関わりはあんまり無いんだなぁって」
「へぇ?そうなんだ」
大河はよく分からないという声で、相槌をくれた。
「ん〜、確かにいるんだけど。
いるのは間違いないんだけど、毎日の生活にはいないっていうか。
シーナはいるけど、兄貴はいない」
「……会ったことないけど、お兄さんかわいそうだな」
「正月とかそういう休みも微妙にずらして帰省してくるから、なんか、こう、突発的にやってくる家族みたいな……」
「おかえり〜、ただいま〜、がないのか」
「そう、それ。うわっ、帰ってたの?
そんな感じ」
「珍獣扱いじゃん」
「それでも兄貴ぶりたいのか、なんかやたら人の話聞こうとしたり、連れ出そうとしたり」
「それでシーナさんと相性悪いのか……」
「たぶん」
それ以外に、普通にシーナが僕のことを好きでいるのなんて一時的なものだとか、シーナに会うたびに言うからなぁ……。
僕を心配してるっていうのは分かるけど……、正直めんどい。
「シーナさんと雅樹は、なんつーか、シーナさんと雅樹なんだよ」
「ぶふっ、何だよそれ。そのまんまじゃん」
「いーんだよ。その通りなんだから」
「あー、まぁ、そうなのかな。うん。話聞いてくれて、ありがとな」
「どういたしまして」
「明日、悠河さん来るなら大河も来いよ。たぶん、麗香さんお土産だ〜って大量のお菓子買ってくると思うから」
「……課題、持っていっていいか?」
「教えるだけならいいよ」
「頼む。じゃあ、姉ちゃんとは別だけど行く」
「分かった。じゃあ、また明日」
「うーす」
通話を終了して、受話器を戻しにソファから立ち上がると、冷蔵庫から飲み物を取り出していた父さんが、
「……夏樹が、ちょっとかわいそうになったな。あいつ、一応、あれでお前の兄ちゃんだからな?」
と、憐憫の情に満ちた顔で言った。
「……知ってるけど」
「あいつにも合気道か何か、習わせておけばよかったかなぁ」
「無理じゃない?」
「だよなぁ……」
24歳になっても親には心配されるものなんだなぁ。
父さんは深いため息を吐いて、そのままリビングから出ていった。




