6・電話相談ののち氷解、ところにより肘打ち①
シーナが麗香さんに連れ去られたその日の夜。
「レーカ来たの?それで、シーナは明日帰ってくるのね。うんうん、わかった」
軽い返事でシーナのお母さんが僕からの報告を受けて、終わり。
居場所が分かって、連絡が取れればいい教育方針。
実母よりも、僕の方が過保護な気もする。
前にも、
「シーナが自力で対応できるようになるのが一番」
と、うちの母との飲み会で断言していた。
そもそも、シーナのお父さんがまだうら若き女子大学生のお母さんに、執拗に付きまとって結婚にまで持ち込んだ経緯があるらしい。
シーナのお母さんは日本人とイギリス人とのハーフということもあって、とても美しい顔だちをしている。
そのせいもあり、小さい時からシーナと似たような境遇だったらしい。
「あの頃に雅樹くんのように、守ってくれる王子様がいれば、今の夫と結婚してないわね!」
………シーナのお父さんが聞いたら泣くな、これ。
そんなわけで、変質者によるシーナの誘拐未遂事件からしばらくは、ちょっと過保護になっていたけれど、基本的に放任主義で、自己責任を重んじる人だ。
その教育方針に沿って、すくすく育った結果が、今の麗香さんだ。
高校を卒業した後、短大で服飾を学びながら、モデルやステージ設営に関わって、やりたいことをやり続けて、現在に至っている。
実は出るところに出れば、世界的に有名な人だ。
日本の方が有名じゃないから、生活が楽だと麗香さんは言うけど。
ふつーに目立つ。
シーナと2人でいたら、きっとどこかで写されて、ネットに晒されてるんだろうなぁと思う。
その方が監視されている分、被害を受けなくていいとか、自慢げに言われたけれど。
「……何かのコスプレだと思われてそうだな」
風呂上がりにぼんやりと思った。
濡れた髪のまま、リビングで真っ黒いウサギのぬいぐるみを玩びながらテレビを観ていると、大河から電話が掛かってきた。
「雅樹、わりぃ。姉ちゃんが、シーナさんと連絡取れないって騒いでて…」
「ああ、そういえば、スマホ置いていってたね。シーナは麗香さんに連れ去られたよ」
絶対に僕よりも防御力が高い麗香さん。
子どもの時に空手か少林寺拳法を習っていたとかなんかで、蹴り殺されそうになった男は多い。
前に見たことがあるけど、ヒールであの蹴りは凄いと思った。
「あー……」
その現場を一緒に見たことがある大河。
黙った。
「ねーちゃん、シーナさんは、麗香さんと一緒……うん。
雅樹、ごめん。姉ちゃん落ち着いたっぽい」
「明日の悠河さんとの約束は忘れてないから大丈夫だって、言って」
受話器を握ったまま、ぬいぐるみをいじる。
そういえば、麗香さんがお土産にくれたんだよな。この真っ黒いウサギのぬいぐるみ。
シーナそっくり〜って、言ってたけど。
黒髪じゃないのになぁ。
再び大河の声が受話器から聞こえる。
「……え?雅樹、麗香さんって今銀髪?」
「うん。銀髪でストレート。紫のカラコン入れてた」
「なんか自撮りでネットあげてる。金髪が端っこに写ってる……さっきあげたっぽい」
「悠河さん、見つけるの早いなぁ」
「ふつーじゃね?スマホ持てばいいのに」
「ケータイで充分だよ」
「姉ちゃんとのやり取りが、今どきメモって」
「だいたいはシーナが悠河さんとやり取りしてるから、いいんだよ」
「シーナさんにそこまで決められなくても」
「いいんだよ。緊急時の通話ができれば。大河だってケータイじゃないか」
「めんどくせー」
「ほらみろ」
「うっせ」
「あ、そうだ。今度一緒にお饅頭を作らないか?」
「はあ?」
変な声を出した大河に今日あったことを話す。
買い物途中の武田さんと会ったこと。
その後、カレーをご馳走になって、その家のおばあちゃんがお饅頭を作る手伝いを約束してきたこと。
「で、何人か必要だから、シーナの他にも大河と、あと玉城さんたちに声をかけようかと思って」
「………なぁ、それ」
「何?」
「シーナさんには、話したのか?」
「まだだよ。話す前に、麗香さんが来たから」
「あー、そっか。うーわっ」
「なんだよ、大河」
「……とりあえず、まんじゅうを作るのは早く言え。それで……いや、どーすっかなー。カレーは黙ってた方が……」
「なんだよ、シーナが帰ってきたら言うよ?」
「まぁ、うん。そうだな。俺が言っても、どうせ聞かれれば言うだろうし……姉ちゃんが言った通りだ。巻き込まれる時は一瞬だな……マジで」
「んん?何だよ、大河」
「いや、もう天災を選べるわけがないから……諦めて起きたことを受け入れる他にないもんな」
「何を急にわけのわからないことを」
「……こっちの話。じゃあ、俺は参加でいいから。日付は?」
「土日か祝日のどこかだと思うけど」
「今月は、練習試合もないから、俺もそれで大丈夫だ」
「そっか。わかった。ありがとう、大河」
「あーうん、自分のためだけど。雅樹はシーナさんみたいにならないでくれよ、ほんとに」
「何だそれ?変なこと言うなぁ」
「いいんだよ。シーナさんはシーナさん。雅樹は雅樹」
「……そういえば、さ。
大河。僕とシーナって、姉と弟みたいな感じ、ある?」
何気ない口調になるように。
飲み込めない異物が喉に詰まったような本心は隠して、大河に僕の悩みを投げかけてみた。
「へ?ないよ」
大河は即答した。
「幼馴染って、きょうだいみたいな感じになったり、しないかな」
あまりの回答の早さに、何か物足りなさを感じて、重ねて問う。
「いやー?俺と姉ちゃん、こんな感じだけど。シーナさんと同じことを俺にしてくる姉ちゃんとか、想像つかない」
言われてみれば。
「……確かに」




