5・金髪碧眼の伏兵と銀髪紫眼の奇兵③
「胸元もガバガバにならなくなって、お下がりに渡せて嬉しいような、女になってるようで寂しいような」
「おねーちゃん!!」
「女になってるって、体格の話よ?どうしたの〜?何を考えたのぉ〜?言ってごらん?」
シーナが真っ赤になって、麗香さんにくってかかってる。
僕に対して以上の反応をするシーナ。
相変わらずのシスコンっぷり。
15歳年上の麗香さんに、シーナは一生勝てそうにない。ていうか、骨抜きにされてるし。
………まぁ、僕の兄さんも麗香さんに骨抜きにされてたしなぁ。
数ヶ月会っていない実の兄を、遠い目になりながら思い出した。
初恋の相手が麗香さんって。
完全にトラウマになるレベルだよなぁ…。
そのせいもあって、麗香さんが来そうなシーナの長期休暇期間は帰ってこない。
どんだけ引きずってんだろう。
そのせいもあって、僕とシーナが結婚する話が匂わせ程度でも出ると猛反発してくる。
いや、シーナと麗香さんは、違うから。別人だから。
自分の失恋の八つ当たりを弟の僕にぶつけないで欲しい。本当に。
「じゃあ、これから美容院行ってからウチに泊まりなさい。また服を分けてあげる」
「え、明日の午後に、悠河が遊びに来るんだけど…」
「あのスレンダー美人ね。大丈夫よー。今から新幹線に乗っていけば、泊まれて明日の午後には帰れるから」
「ええ?!今?すぐ?!」
「着替えも化粧品も全部あるからね!下着は美容院の後で買ってあげる!」
「え、でも、これから雅樹と…」
「はい!毎日隣に住んでる!
おねーちゃんは、ほぼ居ない!
おねーちゃん、優先ね!
はい、決まり〜」
シーナが無駄な抵抗を示したけれど、最初から拒否権は無いのがいつもの麗香さんだ。
「じゃあ、おかーさんたちには雅樹くんから言っておいてね♡」
「雅樹、冷蔵庫にプリン作ってあるから食べ」
「えー?シーナのプリン食べたーい。明日送って来た時に食べるから、残しておいてね。じゃね〜」
ぱたん。
リビングの扉が無情な音を立てて、閉められた。
見送りのために玄関の外に出ると、タクシーが走り去った後だった。
「……シーナが連れ去られた」
シーナも僕も、麗香さん相手だと調子が狂ってしまう。
画面の向こうにしかいないような顔にスタイル。その美しさが暴力となって、いつも通りに動けない。
「あ〜、まだダメだぁー!!」
玄関に入ってから、頭を抱えて僕は叫んだ。
麗香さんに認められないと、シーナの恋人になんてなれない。
シーナに彼氏が出来たら、仕事を減らしてでも邪魔すると宣言していたのが今年の正月。そんなスケジュール調整無理だとシーナが反論すると、
「直接私が来なくても、できることは色々あるのよ…」
と、妖しく笑っていた。
それが嫌なら、麗香さんに認められる男になれと言われた。
でも、30歳オーバーの化け物……綺麗すぎるお姉さんに、そう簡単に勝てるわけがない。
せめて、いつも通りの僕で対応できるようになろうと、合気道の稽古のように大先生相手でも平常心を保つための心構えを日々重ねていたのに…!
「ぜんっぜん、何も出来なかった…!」
大先生相手の稽古も、同じようなものだけどね!!
「……サラッサラな銀髪は、卑怯だぁ〜」
しかもカラコンで、目が紫になってたし。
シーナと並ぶと、もう視覚の暴力だ。
金髪碧眼の美少女と、銀髪紫眼の美女。
姉妹だけあって、2人ともスタイル抜群だし。
「…本当に、麗香さんが来ると、シーナと釣り合いがとれていないのが、分かる…」
普段は、僕のそばにいて、腕を組んだり手を繋いだり、ご飯やおやつを嬉しそうに作って食べさせてくれてるから、全然気にしてないけど…。
「……考えても仕方ない。今日も勝てなかったけど。いつか、勝つぞ……」
玄関からリビングの間にある廊下のフローリングにうずくまっていた体を起こす。
「とりあえず、昼寝なんてしてないで、勉強しよう……」
麗香さんに太刀打ちできる精神力も、シーナよりも高い身長も、悩んでいてもいなくても、1日でどうにかなるわけでもない。
とりあえず、今の僕にできるのは、宿題を済ませて、自習をするくらいだ。
せめて成績だけでは、麗香さんに絡まれた時に恥じることなく出せるようにしてやる。
「……あ、シーナに武田さんとお饅頭作る話、出来なかったな」
のろのろとリビングを歩きながら、ふと思い出した。
「……明日、帰ってきてから、言おう」
何もしていないのに、帰宅してからの疲れがどっと襲って来た。
大河には月曜に学校で言えばいいや。
明日の午前中も、本部の人たちとの合同稽古だ。
体力回復しなきゃいけない。
さっさと勉強済ませておこう。
シーナとアイスを食べた帰宅までの楽しい気持ちは溶けて消えて、ただのべたついた気持ちだけが僕に残った。




