5・金髪碧眼の伏兵と銀髪紫眼の奇兵②
小さい時から、いつもシーナと一緒だった。
だから、アイスもふたりで半分こ。
モナカのアイスをぺきっと音を立てて、半分に分ける。
僕は片手で自転車を押しながら。
シーナは両手でアイスを持って、冷たさを味わいながら食べている。
カラカラと車輪の回る音と、時々ごそりと動くカゴの中のレジ袋。
「あれ?そういえば、エコバッグいつもなら持ってるのに」
「んー?なんとなく、外に出ただけだったから。歩いてたらアイス食べたいなぁと思って」
アイスの冷たさが頭に響いたのか、少しだけ眉間に皺をよせながら、シーナが答えた。
「ふーん」
アイスを食べながら、僕は珍しいなぁと思いながら、返事をした。
そういえば、土田先生に聞いたけど、シーナがモデルになれば作品買取りをするという話は、だいぶ前からあったらしい。
ただ、シーナがモデルをするのを渋っていたから、なかなか決まらなかった。
すぐ隣を軽やかに歩くシーナを横目で見る。
もしかして、シーナの中で何かが変わっているのかな、と思った。
僕はまだ義務教育で、高校を出るまでの4年以上の未来は、この場所で日々を送ることが決まっている。
でも、シーナはもう高校2年生だ。
進学校に通うシーナは、大学に進む可能性が高い。
玉城さんや清野さんが通っていて、シーナのお父さんが教授をしている坂の上の大学の他にも、自宅から通えそうな大学はいくつもある。
もしかすると、ひとり暮らしを始めて大学に通ってしまうのかもしれない。
喉を滑り落ちる冷たいアイスの感触の他に、胸の奥の方できゅっと締め付けられる感触があった。
シーナを手放したくない。
その不穏な感触は、僕にそう訴えている。
けれど。
シーナがずっと高校生のままで、僕の成長を待ってくれるわけがない。むしろ、この年齢差は死ぬまで変わらない。
合気道の稽古を重ねても、先にいる先生たちには、全然届かない。
僕が進めた分だけ、先生たちも進んでいる。ずっと差は縮まらない。
だから、追いつけないままでも、腐らずに進み続けないと、何もはじまらない。
シーナが進んだら、その分だけ僕も進もう。
ずっと前から、そう決めていたのに。
やっぱり、さみしさは残る、みたいだ。
僕は残りのアイスを乱暴に噛み砕いて、口の中に詰め込む。
きん、と頭が響いたから、眉間に皺を寄せて、思いっきり顔をしかめた。
それを見ていたシーナは、
「何、それ。雅樹、変な顔」
と言って、笑った。
自転車を停めて、いつも通りに自宅の玄関を開けると、シーナがするりと中に入った。
「雅樹、おかえり」
先に玄関から上がって、僕を出迎えるシーナ。
「ただいま、シーナ」
僕もいつも通りに答える。
悠河さんには、新婚ムーブと言われるけれど、いつも通りのことだからあんまりぴんと来なかった。
冷凍庫に残りのアイスを入れ、代わりに氷を取り出して、グラスに入れる。
買ってきたペットボトルを開けて、しゅわしゅわと泡立つままに注ぐ。
今日はずいぶん、色々なものを飲み食いしているな。
まぁ、たまにだからいいか。
勢いよくコップに口をつけて、飲もうとした時。
ピンポンピンポンピンポーン!
けたたましくインターフォンが鳴らされた。
リビングにあるインターフォンの画面を見ると、タクシーが止まっているのが見えた。
あれ?このパターン、前にも……
僕が記憶を探る間もなく、リビングの戸が開いた。
「シーナ!お姉ちゃんが帰ってきたわよ〜!」
「おか……きゃあぁぁ〜?!」
「んふふふ。育ってる育ってる。柔らか〜い。えーと、この大きさは……いったぁい!!」
「おねーちゃん!胸に触らないで!」
「うっさいなー。まさかそこの少年に揉ませてんじゃないでしょうね」
「そんなわけないでしょお?!」
「あ、少年、喉かわいてたんだ。さんきゅ」
呆気にとられたままの僕の手からコップを取ると、勢いよく飲み干した。
「ふぅ〜!炭酸!いいね!思春期っぽい!」
「れ、麗香さん、いらっしゃい」
「おねえさん呼ばわりしないのは、ちゃんと理解してるのね。えらいえらい。ちゃんとシーナと籍入れたら、お姉様って呼んでいいわよ」
「……ああ、はい。そうですね」
夏休み以来なので、それほど久しぶりでもないのに。
髪の色が銀髪になってる。
「麗香さん、髪の色変えたんですね」
「うん!ちょっと撮影するのに合わせて。それでね、今タクシー待たせてるから、シーナ連れて行くね」
キラキラとした銀色の髪を肩から払うと、麗香さんは少し顔を傾けて笑った。
「いいじゃない。シーナ、その服似合ってる」
麗香さんのお下がりを着ているシーナは、一瞬で顔が真っ赤になった。
「あ、ありがと…」
「おねーちゃんもお揃いになるような服にすればよかったなー」
麗香さんの服は、Tシャツにジーンズスカートとシンプルだ。シンプルだけと、体にぴったりとしたデザインになっているので、胸と腰が強調されていて刺激が強い。
モデルをすることもあるので、スタイル維持のためにあえての、そういう服らしいが。ここは、日本で僕の自宅です。自重してください。
目のやり場に困ります。




