1.こんなヤンデレチョロインですが、よろしくお願いします②
だから、2年になった今はとにかく受け取らないことにしている。
最近はそういうこともなくなっているから気がゆるんでいた。
「そんなに、高いものでもないですし。あとは、帰るだけですよね?」
「いや、値段の問題じゃなくて…」
どうしよう。
ほとほと困り果てていると、隣の美術準備室から顧問の土田先生が出てきた。
やばい。
「廊下で何やってんだー。ん?菓子の持ち込み、はっけーん。はい、没収〜」
身長180センチ越えのイケメンと名高い土田先生は、さらっと後輩の手から菓子を取り上げていた。
身長があると違うのかなぁ、と余計なことを考えた。
「えー、なんでですかぁ?それは雅樹せんぱいに…」
「おいおい、菓子の持ち込みは禁止されてるぞ。異物混入、食あたりと色々あったんだからな」
「え、そうなんですか?」
「あ、雅樹もまだ入学してなかったな。シーナくんたちの世代だと知ってるから聞いてみろ」
「あ!!迎えに行かなきゃ!土田先生!さようなら!あと、武田さんも!じゃあね!」
のんびり会話してる場合じゃなかった!
シーナとの待ち合わせ時間に遅れた!
僕は急いでその場を離れた。
後ろから、
「廊下は、走るな〜」
と、土田先生の声が聞こえたけれど、足をゆるめることはなかった。
息を切らせてシーナの待つ高校の校門に着くと、ちょっとむくれた顔のシーナが仁王立ちで立っていた。
「もう!遅い!何かあったのか心配になったじゃない!」
「っはぁ、はぁ、ご、ごめん。ちょっと、人に捕まって」
「……んー、いいよ。急いで来てくれたし、何もなかったし。だいじょうぶ」
「そ、うか、それなら、よかった」
はぁはぁと息をはいて、しばらく歩くのを待ってもらおうと顔を上げると、ふんわりと優しい感触が額に落ちた。
「ふふっ、汗がこんなに出るまで急いで」
シーナが天使のような微笑みで、僕の汗をハンドタオルで拭いてくれていた。
「……子ども扱いしないでよ」
「してないよー?雅樹は、わたしの王子様だもの」
「……それも恥ずかしいからやめて」
「えー、なんでー?」
「なんでもっ!帰るよ!」
ハンドタオルを持ったシーナの手をつかむと、僕はずんずんと帰り道を急いだ。
周りの女子高の人たちの視線が生ぬるい。
ちょっともう、本当に恥ずかしい。
「もー、雅樹、歩くの早い」
しばらく経って、シーナが拗ねた声を出したので、つかんでいた手を離すと、今度はシーナに腕をとられた。
「うん、こっちの方がいいな」
ぎゅっと、腕を組んできたシーナの胸がいつも通りに僕にあたる。
その柔らかい感触と匂いに動揺しそうになったので、
「そ、ういえば、シーナたちの時にお菓子の異物混入とかあったって、土田先生から聞いたけど、本当?」
と、無理やり話題をひっぱり出してみた。
「お菓子?……あ、あー。うん。あれだ。うん、あった」
「へぇ、どんなの?」
シーナが話にのってきたので、腕を組まれたまま会話を続けた。
シーナの着ているセーラー服の夏服と、僕の半袖のワイシャツは放課後で汗ばんでいることもあって、なんだかいつもより近い。
……感触については考えないようにしよう。
「うん、わたしが貰った後輩女子からのお菓子に爪が入ってた」
「うわっ、こわい」
まさかのシーナが当事者だった。
「あんまり話したことのない後輩だったから、部室にいたみんなに相談して、その場であけたら。アーモンドチップの中に混ぜられてた。クッキーの上に乗っていたからすぐにわかったけど。ちょっと怖かったなぁ……」
「それは、こわいね」
「うん、それですぐに先生に言って。そのあとのバレンタインで、別の男子生徒がもらったチョコレートで入院したから、菓子は禁止になったみたい」
「その男子生徒も、気の毒だったね」
「うん、そんなにモテるっていうわけでもなかったみたいで。ちょっとかわいそうだった」
滅多にもらえないバレンタインチョコで、入院とは。
トラウマになっていないことを後輩として祈りたい。
見知らぬ先輩に思いを馳せていると、急に腕に圧力が加わった。
まだ少しシーナの方が身長が大きいので、互いの髪が交わる。
僕の唇の近くで、シーナが言った。
「ねぇ、雅樹。誰かからお菓子を渡されたの?」
「え、いや、受け取ってないよ?」
「……それ、渡されたって言ってるよね」
「あ」
「ふぅーん?」
顔が近すぎる。
今、動いたら、これ、シーナにキスするよな。
顔をシーナと反対の方向にねじるが、シーナが追いかけてくる。
だから、近いってば!!
「誰?1年生?」
「シーナには関係ないっ…!」
「キスするよ?ここで」
「そんな度胸もないくせにっ…!」
「雅樹が覚えてないだけで、何百回としてるもん!」
「5歳以下の記憶が僕にあるわけないだろ…!」
「わたしは、8歳だったからあるもん!」
「ちょっと離して…!」
「やだ」
学校帰りのやつらが通る場所で、シーナからキスされてたまるか!
身長だって抜かせていないのに、こんなわけのわからないタイミングと場所でなんか、絶対に嫌だ!
シーナの両腕に捕まっている僕の腕をなんとか抜こうともがくが、まったく動かない。
くそ、胸の圧力がすごい!
シーナと僕の戦いが膠着状態になりはじめる。
このままだとただの勢いで口にキスされる。
僕は、腕にしがみついているシーナの手を取り、その手の甲に軽く、キスを落とした。
「ふ、ふわぁあぁあ…!!」
案の定、シーナは顔を真っ赤にさせて、僕から離れた。
道路側に背を向けてやったので、たぶん人には何をしたか分からなかった。
はず。
シーナが今度は電柱にくっついて離れなくなってしまった。
どうしようかな、と僕が考え込んでいると、
「雅樹……シーナさん何やってるの?」
この声は、友人の大河だ。
助かった…。