4.少しの罪悪感と不用意な約束②
学校内で手作りのお菓子のやり取りは、禁止されている。
でも、今は学校の外だし。
お菓子ではないけど、カレーをお昼ご飯としてご馳走になったし。
別に武田さんの作ったものが食べられないわけじゃないんだけど。
ただ。
シーナにお菓子が見つかるとなぁ。
拗ねるか、対抗してそれより美味しいものになるまで作り続けるか。
市販のお菓子だとそこまで反応しないんだけど。
うーん。
毎日の夕飯と、おやつのお菓子はシーナが作ってくれることがほとんどだからなぁ。
だいたいの僕の食べ物を把握している分、チェック体制ができちゃっているのかなぁ。
アレルギーとか、別にないんだから心配しなくてもいいし、シーナのお菓子は充分に美味しいのに。
うーん。
時々、道場でもらう差し入れの手作りお菓子とか、今までその場で食べていたしなぁ。
とりあえず、武田さんにはもう一度ちゃんと謝っておこう。
お菓子の代わりとして、カレーをご馳走になったから、お礼も言っておこう。
うん、そうしよう。
僕は心の中でそう決めてから、サラダを最後まで食べて、手を合わせてご馳走様をする。
多江おばあちゃんはゆっくりとカレーを食べていたが、皿を手に台所へ行こうとした僕に声をかけた。
「美園ちゃん、夏休みに転校してきたから、学校の友だちができたのか心配でねぇ。
この間は、一生懸命にお菓子を作ってたんだよ。あんたさんと仲良くなりたくて頑張ってたんだねぇ」
そう言われると胸が痛い。
「学校だからだめだって言うなら、またここにおいでよ。
お客さんが来るのはワタシも嬉しいからね……また来てくれるなら、美園ちゃんに頼まれていたことも出来そうだしねぇ」
「頼まれていたこと?」
皿を手に持ったまま、多江おばあちゃんを振り返ると、嬉しそうな顔で笑った。
「昔は饅頭を作って売ってたんだよ。仲のいい友だちと一緒にね。でもねぇ、今はもうみんな体が動かなくなって。
小さかったみそのちゃんが、その饅頭が大好物でね。
それでまた作って欲しいって、言ってたんだけど……少しだけで作ると美味しくできなくてねぇ。お友だちを誘って来てくれると、食べきれそうだからねぇ」
「お饅頭……」
「無理にとは言えないけど、来てくれたら嬉しいよ。
今ならまだ作れそうだから」
しんみりと話す多江おばあちゃんに、はいとも、いいえともはっきり答えることが出来なかった。
僕は黙ったまま頭を下げて、食器を台所の方へと運んだ。
台所では武田さんが冷蔵庫から白い塊を出して、器によそっていた。
目が合うと、まだ少し顔が赤い武田さんが、エプロン姿で笑った。
「これ、多江おばあちゃんが作った牛乳寒天なんです。固すぎなくて、美味しいんですよ」
「そうなんだ。武田さん、カレー美味しかったよ。ありがとう」
「そ、あ、え、あ、ありがとうございます……!」
「この間はお菓子を断ってごめん」
「いえ!その、学校で禁止されているの知らなかったので……」
「その牛乳寒天、美味しそうだね。多江おばあちゃんは、料理が上手なの?」
「は、はい。私、小さい頃にずっと食べてて。でも、親の仕事の関係で3年ぶりに戻ってきて。またおばあちゃんのお菓子が食べたいってお願いして、色々作ってもらってるんです」
「へぇ、そうなんだ。さっき多江おばあちゃんがお饅頭を作ってたって、話を聞いたんだけど」
「あ、お饅頭が一番美味しいんです!お店で売ってたものも美味しかったんですけど、蒸したてが一番美味しくて!」
顔をほころばせて、嬉しそうに話す武田さん。
これは本当に多江おばあちゃんのお饅頭が好きなんだなぁと、僕にも分かった。
3年ぶりに食べたいという武田さんの気持ちは本当なんだろうな。
一生懸命に作ったお菓子も断ってしまったし。大河とシーナに一緒に来てもらえば、それなりに食べきれるだろうし、手伝いも出来るだろう。
流しに食器を置いて、武田さんが牛乳寒天をよそった器をお盆にのせる手伝いをする。
これをいただいたら、帰ろう。
「武田さん、多江おばあちゃんにさっき頼まれたんだけど、お饅頭を作る場合、たくさん作らないと美味しくできないから、僕に友だちを連れておいでって、言われたんだけど」
「え……」
「今すぐは返事ができないけれど、同じクラスの友だちとかシーナに声をかけてみるから、都合がいい日が決まったら連絡するのでもいいかな?」
「……もちろんです!ありがとうございます!」
一瞬顔がこわばって、体を固くした武田さんがきゅっと口元を締めた。それから嬉しそうに頬を染めて、ゆるんだ笑顔になるのを見て、本当に多江おばあちゃんのお饅頭が好きなんだなぁと思った。
それから武田さんは、牛乳寒天を食べる間、ずっと嬉しそうに小豆の準備や、蒸し器の場所を多江おばあちゃんに聞いたりしていた。
多江おばあちゃんも、にこにこと嬉しそうに答えていた。
まだ夏の暑さが残る昼下がりの居間は、とてもにぎやかで、多江おばあちゃんは何度も若返ると言っては、ご機嫌に笑っていた。
次回更新予定日は、11月25日です。
( ;´Д`)頑張るから…。かんばるからっ……!




