4.少しの罪悪感と不用意な約束①
( ;´Д`)おおお遅くなって、すみません!そして短くてすみません!
ビニール袋からこぼれた野菜を自転車のカゴに入れる。
「……詰め放題だからって、やりすぎました」
「お得なら詰め込んじゃうよ」
「エコバッグ、もう1個持ってきておけばよかったです」
「それが確実かなぁ」
とろとろしたスピードで、自転車を押しながら武田さんと歩く。
制服と違うパステルカラーのスカートが、夏の名残りの金魚のように、ふわふわと動いている。
道場に近いスーパーは安売りで有名だ。
そこに武田さんが来ていても不思議ではない。
けど、ちょっと学区内からは遠いような。
ふとそんな事を思ったけれど、武田さんに案内された家で理由は分かった。
「多江おばあちゃん、買ってきたよ」
「ありがとうね。美園ちゃん」
「こちら、学校の部活の先輩、雅樹せんぱい」
「はじめまして。雅樹といいます」
挨拶をして、軽くお辞儀をする。
多江おばあちゃんは、武田さんーー武田美園さんの祖母の友人だそうだ。
ひとり暮らしで、食料品の買い出しを武田さんが時々手伝っているらしい。
「だってねぇ、スマホで美園ちゃんが何が安いか写真を送ってくれるんだもの。見ながらすぐに買えて楽しいのよ」
「そうですか」
「移動販売の車も来るんだけど、やっぱりお店にたくさん並んでるものを見たいじゃない」
「そうですね」
「それに今まで通ってた店だから、どこに何があるかも分かるし。あ、息子たちが車で連れて行ってくれる時もあるんだけどね。やっぱり土曜日の安売りは楽しいじゃない」
「そうですね」
バリエーションのない僕の相槌を気にすることなく、多江おばあちゃんは話を続ける。
自転車のカゴに入れてきた野菜を運んだら、そのまま庭に連れていかれて、縁側に座らされた。
ガラス戸を開けてすぐのところに、ポットとお茶のセットがあって、これはすぐに帰れないなと諦めた。
合気道の先生や先輩たちに年輩者が多いので、それなりに慣れている。
とりあえず、喋り出すと止まらない人の話は、そのまま聞き流して相槌は欠かさずにしておこう。
同じ話がくるから、覚えていない方が熱心に聞いているような相槌が打てる。
玉城さんの教えを胸に、僕は湯呑みを両手で包んで頷き続けた。
庭は松やツツジの植え込みがある日本的な庭園だ。
それなりに手入れはされていて、奥の方には朝顔の葉っぱがたくさん見えた。
縁側は日陰になっているので過ごしやすいが、いい加減にお腹が空いてきた。
確か道場を出た時には、11時半を過ぎていた。
お腹空いたなぁ。
今日のシーナのおやつは、何かなぁ。
ぼんやりと多江おばあちゃんの話にふんふんと適当に答えながら、空を見上げた。
すると鼻先に、ほのかな匂い。
野菜が煮込まれている甘い匂いがした。
そして、急なカレーの香り。
あ、お昼ご飯の匂いだ。
思わず腹が鳴る。
多江おばあちゃんが、にこにことしながら言った。
「美園ちゃんが作ったご飯、食べていきなさい。久しぶりの新しいお客さんだもの。さ、上がって上がって」
「いえ、家に帰りま…」
「お客さんが来ると嬉しいねぇ」
にこにこと、僕の座る場所を示して座布団を移動させる多江おばあちゃん。
断りにくい。
年長者の要望に逆らうことは、相手に恥をかかせること。
ーーー年寄りだって、傷つくんだ。
むしろ、年取ったからこそ、余計に心の傷は深いんだ!
そう言って息子さんの道着を僕に渡してきた合気道の年輩の先輩がいたな。
涙目で言われたことは、今でも覚えていますよ……。
少し遠い目になりながら、僕は縁側から部屋の中へと上がった。
「お邪魔します」
カレーは美味しかった。
「多江おばあちゃんに料理を習っているんですけど、今日は時間もなくて簡単に作れるカレーになっちゃって……」
「美味しかったよ、武田さん」
「雅樹せんぱい、ありがとうございます!」
真っ赤な顔で、自分用によそったカレー皿を黙ったまま食べて、僕の方を伺っていた武田さん。
多江おばあちゃんの好みに合わせて、茄子にピーマン、ジャガイモ、玉ねぎ、ズッキーニ、エリンギを細かく切って、帆立の缶詰を入れて作った時短カレーは、具材がトロトロに溶けていて美味しかった。
「市販のルーだから、そんなにひどい味になるわけないじゃない。美園ちゃんは心配症だねぇ」
のんびりとスプーンでカレーをすくいながら、多江おばあちゃんが言った。
「でも、初めて雅樹せんぱいに食べてもらえるから、失敗したくなくて……!」
「ああ、この間はお菓子断ってごめんね。先生たちに迷惑をかけたくなくて」
「そ、そんな!大丈夫です!」
「おや、いっぱい練習してたお菓子、ダメだったんかい」
「た、多江おばあちゃん!」
「大変だったんだよぉ。ワタシがこれなら大丈夫だって言っても、見た目が悪いからダメだぁ、とか、大きさが揃ったものにしたいからもう少し作るとか。5、6回作ってたよねぇ。甘い匂いで大変だったよ」
「おばあちゃん!黙って!」
「味見したけど、美味しかったんだよぉ」
真っ赤な顔を両手でおおった武田さんは、そのまま台所の方へ駆け込んでしまった。
それを見送った多江おばあちゃんは、のんびりカレーを食べ続けていた。
えーと。
つまり、僕に渡すために、武田さんはここで先週末にお菓子を何度も作っていた。
で、それを僕は学校で渡されたので、断った。
うーん。
目の前に残っている野菜サラダをぱりぱりと食べてみる。
今さらだけど、気まずいな。